鬼大城と仲元根所(共通語)

概要

鬼大城は、喜屋武仲嶺といって、私たちのご先祖様です。向こうの喜屋武仲嶺には、牛年から数えて、七年マールで拝みに行きますがね、私たちは去年行きました。私の家は、私の小さいときに戦時で逃げる途中に、お母さんは亡くなられていて、お父さんは、この荻道仲元に来られていますが、そのお父さんが、「私の家のご先祖様はあそこに祀られているよ。」と言うような話ですね。そこは、お寺もすごく立派な沖縄一の立派なお寺です。門戸はね、盗難にあわないようにと四尺とかセメンで厚く造ってね、立派にやってね、写真もそのお寺の写真が撮られていて、あっちに飾られてあります。大和から博物館に貸してもらいたいとか言って借りにいらっしゃる方もいらっしゃるけど、そうは出来ないからと言って断って保存してある。この人はもうすごく体も大きくて、着物なんか衽がひとはばもあったよ。それで、その着物は今どっか博物館か子孫かに保存されているんじゃないですかね。それを見に行きましたが、あんときは、その家の息子さん、おやじさんがいらっしゃらないのでね、それであんまりはっきり分かりませんでしたけど。親父さんが、今勝連の光生園かね、あっちで園長しておる。その鬼大城は、首里の王様のところで育ったんでしょうね。そいで、王様のウミナイビの百度踏揚ね、あれを子守しなさって、山内諸見里というて桃山がありますが、あっちでその桃を持って、おんぶしながら口に入れて、口も真っ赤になるぐらいくれよったと。そういうふうにして、大きくなるまでも二人仲良くして、いたそうですよ。その百度踏揚は、鬼大城が好きでね、お嫁さんに行くのは嫌であったけど、政治関係の問題があって、勝連の阿麻和利に嫁ぐようになりましたから、鬼大城はまた世話役として勝連について行かれるんですよ。そして、ついて行っても、鬼大城は百度踏揚を離れずに同じ部屋で一緒に生活しておりました。その踏揚はどうしても、阿麻和利にはなっとくできない気持ちがあったから、ますますこの鬼大城が好きなっていたんですね。後はもう百度踏揚は、「鬼大城が好き。」と鬼大城に抱きついてしもうてね、二人はよけい仲良くなって、それでもそれは内緒にしていて、「どうしてもこっちを逃げよう。」という気持ちでいたんだが、また、それから鬼大城は、「この阿麻和利を長いことこのままにしていたら、あんまり勢力が強くなって首里が危ない。」と思いましてね。首里も阿麻和利を滅ぼそうという考えがあったんですね。それで、鬼大城は、「この踏揚をどうしたら救い出せるか。」といつもそればかり考えて逃げ道を捜していたら、首里からなにか使いが来ておりました。その首里からの使いにも阿麻和利は嘘ばかりついているので、鬼大城は百度踏揚を連れて裏から逃げて出るんですよね。鬼大城が逃げたのが分かりましたらね、もう勝連の人民は阿麻和利をとっても偉い人に思っていてしもうて、たくさんの軍隊みたような人がいるから、勝連の兵隊が松明つけて和仁屋門まで二人を追っかけて来ましたらね、追いつかれてしもうて、いよいよ捕まえられるそうになっているときに、急に百度踏揚が歌を詠んだんですね。そしたら、急に大雨風になりましてね、で、勝連の兵隊の松明も消えてしまったから、それで、もう敵は踏揚と鬼大城は見つけることできない。そうしているうちに鬼大城は、百度踏揚をおんぶしてまた逃げて、五時間かかって首里城についたわけ。それで、夜明け方に門戸を叩いたら、「怪しいものである。」とこの守衛が門を開けませんでしたから、また踏揚がオモロを詠みましたらね、「ああ、踏揚だ。」と言って、そいで門を開けて中に入ってしまったから、勝連阿麻和利の軍勢も帰ったんでしょうね。その帰った後から、今度はまた首里から勝連を攻めに行きまして、すごく阿麻和利は強くて、どうしても落ちそうになかっったのでね、そのうちに首里城の軍隊は、南からも北からも攻められて、いよいよ負けそうになったら、そのときに鬼大城は、鬼大城と誰がも分からないように、女の服装着けて勝連城の中に入って行って、真先に阿麻和利を切ってしまったんですよ。もう阿麻和利がいなくなったら、みんな降参してしまって、それで、鬼大城は有名になったわけよね。それで、あのころは、金丸がすごく勢力があるんですよね。鬼大城は、自分たちの考えだと首里から阿麻和利の勝連城に入れるかと思うぐらいの手柄だけど、金丸が反対したのか越来から知花城に行って、あっちの支配者になりました。そうしているうちに、そのときの王の跡継ぎが小さかったんで、一時は王様になるんだが、その金丸がまた今度は自分が王様になろうと思っていたら、その新しい幼い王様にみんな反対して、祝女みたいな王様の部下も、誰もがひとつも見向きもしないから、もう王様は辞めてしまうんです。そいで、金丸はもう王様になったらもう、「鬼大城の勢力が強くなったら、また自分が危ない。」と今度は知花城に攻めていくんです。そしたら、その鬼大城は、知花城のお城に洞窟かね、穴があるって。そこに隠れましたらね、そこの民間の家を壊してしもうてね、そいで、その茅葺きの茅をその穴の口に塞いで、火つけてそれで焼き殺したって。その穴をこの前見て来た人もいますけど、私は行かなかったです。今鬼大城の墓地は、知花城のところにあるが、その人は大城賢勇で、その人の弟がケンキュウでありますよ。このケンキュウの子孫が私たち仲元になっておりますが、三男はケンセイといいよったかね、それが粟国の平良家というところに養子に入っていて、今はもうあっちからも拝みにこられますね。また、百度踏揚との子どもは、首里の摩文仁殿内といいます。その摩文仁殿内は、今は長男は戦争で亡くなりまして、そこの娘さん方がおられますがね、その方も年に一回か二回こっちに拝みにお出でになりますがね。またこっちのお父さんは栄野比と言って、お参りしているお墓がこっちにありますがね、そのお墓が百度踏揚の墓だと私たちは信じておりますがね。この前、老人会長さんが見に行かれたが、厨子甕が知花城のお墓にあったって。今、私たちの子孫はそれを調べようと思っているところです。

再生時間:13:58

民話詳細DATA

レコード番号 47O361590
CD番号 47O36C061
決定題名 鬼大城と仲元根所(共通語)
話者がつけた題名
話者名 安里イサミ
話者名かな あさといさみ
生年月日 19000730
性別
出身地 沖縄県北中城村字荻道
記録日 19810925
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 北中城村字荻堂調査2班T24A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情 主に沖縄史の本から
文字化資料 北中城の民話 P227
キーワード 鬼大城,喜屋武仲嶺,今勝連,光生園,ウミナイビ,百度踏揚,山内諸見里,勝連,阿麻和利,金丸
梗概(こうがい) 鬼大城は、喜屋武仲嶺といって、私たちのご先祖様です。向こうの喜屋武仲嶺には、牛年から数えて、七年マールで拝みに行きますがね、私たちは去年行きました。私の家は、私の小さいときに戦時で逃げる途中に、お母さんは亡くなられていて、お父さんは、この荻道仲元に来られていますが、そのお父さんが、「私の家のご先祖様はあそこに祀られているよ。」と言うような話ですね。そこは、お寺もすごく立派な沖縄一の立派なお寺です。門戸はね、盗難にあわないようにと四尺とかセメンで厚く造ってね、立派にやってね、写真もそのお寺の写真が撮られていて、あっちに飾られてあります。大和から博物館に貸してもらいたいとか言って借りにいらっしゃる方もいらっしゃるけど、そうは出来ないからと言って断って保存してある。この人はもうすごく体も大きくて、着物なんか衽がひとはばもあったよ。それで、その着物は今どっか博物館か子孫かに保存されているんじゃないですかね。それを見に行きましたが、あんときは、その家の息子さん、おやじさんがいらっしゃらないのでね、それであんまりはっきり分かりませんでしたけど。親父さんが、今勝連の光生園かね、あっちで園長しておる。その鬼大城は、首里の王様のところで育ったんでしょうね。そいで、王様のウミナイビの百度踏揚ね、あれを子守しなさって、山内諸見里というて桃山がありますが、あっちでその桃を持って、おんぶしながら口に入れて、口も真っ赤になるぐらいくれよったと。そういうふうにして、大きくなるまでも二人仲良くして、いたそうですよ。その百度踏揚は、鬼大城が好きでね、お嫁さんに行くのは嫌であったけど、政治関係の問題があって、勝連の阿麻和利に嫁ぐようになりましたから、鬼大城はまた世話役として勝連について行かれるんですよ。そして、ついて行っても、鬼大城は百度踏揚を離れずに同じ部屋で一緒に生活しておりました。その踏揚はどうしても、阿麻和利にはなっとくできない気持ちがあったから、ますますこの鬼大城が好きなっていたんですね。後はもう百度踏揚は、「鬼大城が好き。」と鬼大城に抱きついてしもうてね、二人はよけい仲良くなって、それでもそれは内緒にしていて、「どうしてもこっちを逃げよう。」という気持ちでいたんだが、また、それから鬼大城は、「この阿麻和利を長いことこのままにしていたら、あんまり勢力が強くなって首里が危ない。」と思いましてね。首里も阿麻和利を滅ぼそうという考えがあったんですね。それで、鬼大城は、「この踏揚をどうしたら救い出せるか。」といつもそればかり考えて逃げ道を捜していたら、首里からなにか使いが来ておりました。その首里からの使いにも阿麻和利は嘘ばかりついているので、鬼大城は百度踏揚を連れて裏から逃げて出るんですよね。鬼大城が逃げたのが分かりましたらね、もう勝連の人民は阿麻和利をとっても偉い人に思っていてしもうて、たくさんの軍隊みたような人がいるから、勝連の兵隊が松明つけて和仁屋門まで二人を追っかけて来ましたらね、追いつかれてしもうて、いよいよ捕まえられるそうになっているときに、急に百度踏揚が歌を詠んだんですね。そしたら、急に大雨風になりましてね、で、勝連の兵隊の松明も消えてしまったから、それで、もう敵は踏揚と鬼大城は見つけることできない。そうしているうちに鬼大城は、百度踏揚をおんぶしてまた逃げて、五時間かかって首里城についたわけ。それで、夜明け方に門戸を叩いたら、「怪しいものである。」とこの守衛が門を開けませんでしたから、また踏揚がオモロを詠みましたらね、「ああ、踏揚だ。」と言って、そいで門を開けて中に入ってしまったから、勝連阿麻和利の軍勢も帰ったんでしょうね。その帰った後から、今度はまた首里から勝連を攻めに行きまして、すごく阿麻和利は強くて、どうしても落ちそうになかっったのでね、そのうちに首里城の軍隊は、南からも北からも攻められて、いよいよ負けそうになったら、そのときに鬼大城は、鬼大城と誰がも分からないように、女の服装着けて勝連城の中に入って行って、真先に阿麻和利を切ってしまったんですよ。もう阿麻和利がいなくなったら、みんな降参してしまって、それで、鬼大城は有名になったわけよね。それで、あのころは、金丸がすごく勢力があるんですよね。鬼大城は、自分たちの考えだと首里から阿麻和利の勝連城に入れるかと思うぐらいの手柄だけど、金丸が反対したのか越来から知花城に行って、あっちの支配者になりました。そうしているうちに、そのときの王の跡継ぎが小さかったんで、一時は王様になるんだが、その金丸がまた今度は自分が王様になろうと思っていたら、その新しい幼い王様にみんな反対して、祝女みたいな王様の部下も、誰もがひとつも見向きもしないから、もう王様は辞めてしまうんです。そいで、金丸はもう王様になったらもう、「鬼大城の勢力が強くなったら、また自分が危ない。」と今度は知花城に攻めていくんです。そしたら、その鬼大城は、知花城のお城に洞窟かね、穴があるって。そこに隠れましたらね、そこの民間の家を壊してしもうてね、そいで、その茅葺きの茅をその穴の口に塞いで、火つけてそれで焼き殺したって。その穴をこの前見て来た人もいますけど、私は行かなかったです。今鬼大城の墓地は、知花城のところにあるが、その人は大城賢勇で、その人の弟がケンキュウでありますよ。このケンキュウの子孫が私たち仲元になっておりますが、三男はケンセイといいよったかね、それが粟国の平良家というところに養子に入っていて、今はもうあっちからも拝みにこられますね。また、百度踏揚との子どもは、首里の摩文仁殿内といいます。その摩文仁殿内は、今は長男は戦争で亡くなりまして、そこの娘さん方がおられますがね、その方も年に一回か二回こっちに拝みにお出でになりますがね。またこっちのお父さんは栄野比と言って、お参りしているお墓がこっちにありますがね、そのお墓が百度踏揚の墓だと私たちは信じておりますがね。この前、老人会長さんが見に行かれたが、厨子甕が知花城のお墓にあったって。今、私たちの子孫はそれを調べようと思っているところです。
全体の記録時間数 14:37
物語の時間数 13:58
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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