炭焼き長者と生姜(シマグチ)

概要

今は、現在は売店になっておるんですがね、昔は護佐丸時代でしょうね。イーミシチのそのまだずっと先にグンジョウノアガリという家があったそうです。これがですよ、護佐丸が農業させるために部落の人を集めて、こっちで農業させたら、グンジョウノアガリの家は大いに農作物もよう出来て家庭が繁盛しておったわけでしょう。それで、米も豊富にあるし。そして米をね、盥に米詰めて置いたからね、子どもらがそこで遊んで、ウンコなんかも米の上にしよったそうですよ。そんなときは、その米をさらって外に捨てよったそうです。それだけ贅沢に生活したもんだそうです。そういうふうにして贅沢しておる家庭だが、ターチー飯を作ったそうです。ターチー飯というのは、フチジャー豆、今の豆腐豆さね、これを朝から水につけて置くんですよね。そうして、ふくらしておいて、その豆といろんな野菜を入れて炊きよったそうですよ。これを炊いて夕飯を作って、旦那さんに待って行くわけですよね。旦那さんは、これを夕飯に出したら、あまり贅沢に生活してるもんだから、そのターチー飯を見て、「こんなものが食べられるか。」と言って、その奥さんの顔に投げたわけさね。それから、夫婦げんかになって、離縁するようになったからその奥さんは家から、まあ出て行かなあならんわけさね。その家から夜出て行くときに、自分一人でしょう。もう暗闇の中を出て行くわけさね。その奥さんを蛍火が先になってずっと国頭まで道案内してくれたというわけですよね。そして、蛍火に案内されて向こうまで行ったらですね、もう女の姿ではどこにも行くことできない。特に国頭は家もあっちこっち点々にしかないから、困っていたら山奥に炭焼きがおったそうだ。炭焼きは、沖縄口で炭焼チブラーと言いますがね、もう有名な炭焼チブラーにたどり着いたもんだから、その奥さんは、そこで寝泊まりして、後は、とうとうその炭焼チブラーと夫婦になるわけでしょう。その奥さんと夫婦になったら、その炭焼チブラーは、非常に成功して、繁盛したそうだ。この炭焼チブラーという人は、もうひじょうにウフソー者で、とっても正直者で欲のない人である。これと夫婦になっておるときに、山原視察に侍が来るわけですね。その侍がこの女を見かけて、「素晴らしいいい女がおるねえ。」と言っていてね、その後でこの女は、炭焼チブラーと離縁させられて、この侍に連れられてまた首里に引き上げられるわけさね。そしたら、侍は、この女を首里に連れて行った後で、また離縁したそうだ。こうなったら、女は離縁されても、頼るところはない。三度も離縁されて、それに兄弟もなにもおらんから、誰も頼りもおらん。後は結核みたいようにやつれてしもうてまた田舎にあっちこっち乞食みたいに下ってくるわけですよ。そして、国頭に行って、炭焼チブラーの家に行ったら、もうそのころは、炭焼チブラーは、また別な奥さんもらっておるんだよ。この炭焼チブラーの家に着物も破れたのを着けて、髪ももうなにか乞食みたいになって、結核みたいに痩せて姿で、炭焼チブラーの家に行ったら、炭焼チブラーは分かっても、炭焼チブラーの新しい奥さんは、その女が前の奥さんだとは分からんさねえ。「なにもあんたにやるものないから、こっちから出て行きなさい。」と言って追い出すんだが、その女は行かないわけさね。「ひもじいから食べ物をください。寒いから着物をください。」とその奥さんに訴えるわけよ。もうそのうちに、その女は行くところもないし、家もないもんだから、そこにいたんだがね、栄養失調になってしもうて、もう痩せて元気がないから、とうとう向こうで死んでしまうわけさ。元の田舎の家は、こんな一棟でないんだよね。どの家も屋敷一つに台所と神座といって二軒あったわけよ。その台所に煮炊きをする竈があるわけさ。そこの後ろに灰はいつも持って行って捨てよったわけでしょう。そのブンジョウノアガリから行った女は向こうで身を失ってしもうているから、その女が死ぬときに、「私が死んだら、夫婦二人でよ、竈の後ろはあんなに灰が積まれているあれの中に葬ってよ。」と言ったそうだ。昔は、田舎では、家の後には着物作るためにシマウーがあんなもの植えてあったから、みんなこの竈の灰なんかあっち行って捨てよったんです。それがずっと山盛りになっているしょう。あそこは掘るのもたやすい、埋めるのもたやすいから、そっちに埋めているんだよ。それからですね、年が経っていくにつれて、そこに生姜が生えてきたわけです。そして、もう冬になってひじょうに寒いもんだから、炭焼チブラーの奥さんが、「家の後ろから生姜を取って来て食べよう。」と言って、洗った皿に持って出たらね、そのときまでは、生姜の食べ方をあまり知らんもんだからね、この埋められた女が、こっちの軒の下に来て、「生姜は皮をむいて食べなさいよ。」と言うんですよね。これは人間には姿が見えないよ。炭焼チブラーがまた家開けてみても誰もおらんわけよね。「お前は聞いたか。」「あんたも聞いたか。」と夫婦二人がよ、「ここで、なにか人がものを言っていたねえ。」と言って、いたそうだよ。それから、生姜は皮をむいて食うことになったし、またそのグンジョウノアガリから行った女が後生から現れたのが、家の雨垂れのことろだから、この話は、「後生や雨垂いどう。」ということにつながるわけです。グンジョウノアガリの家は、今は家はないが、屋敷が残っておる。

再生時間:8:14

民話詳細DATA

レコード番号 47O361549
CD番号 47O36C059
決定題名 炭焼き長者と生姜(シマグチ)
話者がつけた題名 ウンジョーのあがり
話者名 比嘉吉繁
話者名かな ひがよしはる
生年月日 19051014
性別
出身地 沖縄県北中城村字大城
記録日 19810924
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 北中城村字荻道調査班T21A07
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 本格昔話
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 北中城の民話 P431
キーワード イーミシチ,グンジョウノアガリ,ターチー飯,フチジャー豆,豆腐豆,炭焼チブラーの,シマウー,生姜
梗概(こうがい) 今は、現在は売店になっておるんですがね、昔は護佐丸時代でしょうね。イーミシチのそのまだずっと先にグンジョウノアガリという家があったそうです。これがですよ、護佐丸が農業させるために部落の人を集めて、こっちで農業させたら、グンジョウノアガリの家は大いに農作物もよう出来て家庭が繁盛しておったわけでしょう。それで、米も豊富にあるし。そして米をね、盥に米詰めて置いたからね、子どもらがそこで遊んで、ウンコなんかも米の上にしよったそうですよ。そんなときは、その米をさらって外に捨てよったそうです。それだけ贅沢に生活したもんだそうです。そういうふうにして贅沢しておる家庭だが、ターチー飯を作ったそうです。ターチー飯というのは、フチジャー豆、今の豆腐豆さね、これを朝から水につけて置くんですよね。そうして、ふくらしておいて、その豆といろんな野菜を入れて炊きよったそうですよ。これを炊いて夕飯を作って、旦那さんに待って行くわけですよね。旦那さんは、これを夕飯に出したら、あまり贅沢に生活してるもんだから、そのターチー飯を見て、「こんなものが食べられるか。」と言って、その奥さんの顔に投げたわけさね。それから、夫婦げんかになって、離縁するようになったからその奥さんは家から、まあ出て行かなあならんわけさね。その家から夜出て行くときに、自分一人でしょう。もう暗闇の中を出て行くわけさね。その奥さんを蛍火が先になってずっと国頭まで道案内してくれたというわけですよね。そして、蛍火に案内されて向こうまで行ったらですね、もう女の姿ではどこにも行くことできない。特に国頭は家もあっちこっち点々にしかないから、困っていたら山奥に炭焼きがおったそうだ。炭焼きは、沖縄口で炭焼チブラーと言いますがね、もう有名な炭焼チブラーにたどり着いたもんだから、その奥さんは、そこで寝泊まりして、後は、とうとうその炭焼チブラーと夫婦になるわけでしょう。その奥さんと夫婦になったら、その炭焼チブラーは、非常に成功して、繁盛したそうだ。この炭焼チブラーという人は、もうひじょうにウフソー者で、とっても正直者で欲のない人である。これと夫婦になっておるときに、山原視察に侍が来るわけですね。その侍がこの女を見かけて、「素晴らしいいい女がおるねえ。」と言っていてね、その後でこの女は、炭焼チブラーと離縁させられて、この侍に連れられてまた首里に引き上げられるわけさね。そしたら、侍は、この女を首里に連れて行った後で、また離縁したそうだ。こうなったら、女は離縁されても、頼るところはない。三度も離縁されて、それに兄弟もなにもおらんから、誰も頼りもおらん。後は結核みたいようにやつれてしもうてまた田舎にあっちこっち乞食みたいに下ってくるわけですよ。そして、国頭に行って、炭焼チブラーの家に行ったら、もうそのころは、炭焼チブラーは、また別な奥さんもらっておるんだよ。この炭焼チブラーの家に着物も破れたのを着けて、髪ももうなにか乞食みたいになって、結核みたいに痩せて姿で、炭焼チブラーの家に行ったら、炭焼チブラーは分かっても、炭焼チブラーの新しい奥さんは、その女が前の奥さんだとは分からんさねえ。「なにもあんたにやるものないから、こっちから出て行きなさい。」と言って追い出すんだが、その女は行かないわけさね。「ひもじいから食べ物をください。寒いから着物をください。」とその奥さんに訴えるわけよ。もうそのうちに、その女は行くところもないし、家もないもんだから、そこにいたんだがね、栄養失調になってしもうて、もう痩せて元気がないから、とうとう向こうで死んでしまうわけさ。元の田舎の家は、こんな一棟でないんだよね。どの家も屋敷一つに台所と神座といって二軒あったわけよ。その台所に煮炊きをする竈があるわけさ。そこの後ろに灰はいつも持って行って捨てよったわけでしょう。そのブンジョウノアガリから行った女は向こうで身を失ってしもうているから、その女が死ぬときに、「私が死んだら、夫婦二人でよ、竈の後ろはあんなに灰が積まれているあれの中に葬ってよ。」と言ったそうだ。昔は、田舎では、家の後には着物作るためにシマウーがあんなもの植えてあったから、みんなこの竈の灰なんかあっち行って捨てよったんです。それがずっと山盛りになっているしょう。あそこは掘るのもたやすい、埋めるのもたやすいから、そっちに埋めているんだよ。それからですね、年が経っていくにつれて、そこに生姜が生えてきたわけです。そして、もう冬になってひじょうに寒いもんだから、炭焼チブラーの奥さんが、「家の後ろから生姜を取って来て食べよう。」と言って、洗った皿に持って出たらね、そのときまでは、生姜の食べ方をあまり知らんもんだからね、この埋められた女が、こっちの軒の下に来て、「生姜は皮をむいて食べなさいよ。」と言うんですよね。これは人間には姿が見えないよ。炭焼チブラーがまた家開けてみても誰もおらんわけよね。「お前は聞いたか。」「あんたも聞いたか。」と夫婦二人がよ、「ここで、なにか人がものを言っていたねえ。」と言って、いたそうだよ。それから、生姜は皮をむいて食うことになったし、またそのグンジョウノアガリから行った女が後生から現れたのが、家の雨垂れのことろだから、この話は、「後生や雨垂いどう。」ということにつながるわけです。グンジョウノアガリの家は、今は家はないが、屋敷が残っておる。
全体の記録時間数 8:27
物語の時間数 8:14
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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