これは年寄りのそばで聞いていた話だよ。昔は六一になったらアムトゥの下まで担いで行きましたって。それで、ある親孝行な子がこの六一の親をアムトゥの下に担いで行ったら、それから昼食のたびに食事を持って行ってまかなっていたって。それだから、この人はアムトゥの下で長らく生きておられた。ほかの捨てられた年寄りの人は、だれも物は持っては行かない。だから、ひもじくしてむこうで死んでいたと。そうしたら、薩摩の国から立派な木の鐘撞棒が来て、「この根と枝を分かしてくれ。」と問題が出されたが、黒く塗られてこれはどうしても明かすことができない。それで、「この鐘撞棒をどこは枝、どこは根であるとこれ分かしてくれ。」と村々に公儀からおふれがあったそうだ。もう島中の人がそろって見ているが、誰でもが、「木の綾が見えるんなら、あれの巻きかたで、どこは枝、どこは根であるとわかるけれど、木の綾は染めてしまって見えないから分からんなあ。」と言って、二、三日過ぎているが、誰も分けることはできなかった。そのときね、アムトゥの下の親に食事の支度をして持って行っていた親孝行な子が、「親加那志、薩摩の国からこんなにしてね、ここは上、ここは下とこれの根と枝を分けなさいと言われて来ているからね、三日、皆がぜんぶ揃って考えてもこれを分ける人はおりませんでした。どうしたらいいですかね。」と言ったから、「これは簡単なことであるさ。お前が丸桶のいっぱい水を入れて、これが沈むところは根、また軽いところは浮くから、ここが枝と書いて出しなさい。」と解いてやったそうだ。そうしたら、またも薩摩の国から、「灰綱をなって持ってきなさい。」って。灰では縄はなえないでしょう。だから、またこれも島の人たちがそろって、「灰縄を持ってきなさいと言っているが、どんなにして灰で縄がなえるかね。」って。それで、孝行息子がアムトゥの下に行って親に聞いたら、「嫡子よ、これも簡単なことであるさ。立派に藁で綱を固くなったら、立派な板の上にこれを置いて燃やしたら、そうしたら灰縄ができるよ。」って。そして、公儀にこのとおりにして持って行ったから、「これは誰がこんなにして教えてあるか。」と言ったから、親孝行をしている人が、「藁で固く綱をなったのを燃やしたら、灰縄ができるからと、親から習いました。」と言ったからね、そのときから、「六一になっても年寄りは捨ててはいけない。」と言って、もう親をアムトゥの下に持って行かなかったって。
| レコード番号 | 47O361430 |
|---|---|
| CD番号 | 47O36C054 |
| 決定題名 | 親棄山 難題(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 比嘉亀 |
| 話者名かな | ひがかめ |
| 生年月日 | 18930610 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県北中城村和仁屋 |
| 記録日 | 19810923 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 北中城村字和仁屋調査11班T17A08 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 本格昔話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | ゴボウを売り歩いていた時に聞いた |
| 文字化資料 | 北中城の民話 P467 |
| キーワード | 親棄山,難題,親捨て山,灰綱,鐘撞棒,薩摩, |
| 梗概(こうがい) | これは年寄りのそばで聞いていた話だよ。昔は六一になったらアムトゥの下まで担いで行きましたって。それで、ある親孝行な子がこの六一の親をアムトゥの下に担いで行ったら、それから昼食のたびに食事を持って行ってまかなっていたって。それだから、この人はアムトゥの下で長らく生きておられた。ほかの捨てられた年寄りの人は、だれも物は持っては行かない。だから、ひもじくしてむこうで死んでいたと。そうしたら、薩摩の国から立派な木の鐘撞棒が来て、「この根と枝を分かしてくれ。」と問題が出されたが、黒く塗られてこれはどうしても明かすことができない。それで、「この鐘撞棒をどこは枝、どこは根であるとこれ分かしてくれ。」と村々に公儀からおふれがあったそうだ。もう島中の人がそろって見ているが、誰でもが、「木の綾が見えるんなら、あれの巻きかたで、どこは枝、どこは根であるとわかるけれど、木の綾は染めてしまって見えないから分からんなあ。」と言って、二、三日過ぎているが、誰も分けることはできなかった。そのときね、アムトゥの下の親に食事の支度をして持って行っていた親孝行な子が、「親加那志、薩摩の国からこんなにしてね、ここは上、ここは下とこれの根と枝を分けなさいと言われて来ているからね、三日、皆がぜんぶ揃って考えてもこれを分ける人はおりませんでした。どうしたらいいですかね。」と言ったから、「これは簡単なことであるさ。お前が丸桶のいっぱい水を入れて、これが沈むところは根、また軽いところは浮くから、ここが枝と書いて出しなさい。」と解いてやったそうだ。そうしたら、またも薩摩の国から、「灰綱をなって持ってきなさい。」って。灰では縄はなえないでしょう。だから、またこれも島の人たちがそろって、「灰縄を持ってきなさいと言っているが、どんなにして灰で縄がなえるかね。」って。それで、孝行息子がアムトゥの下に行って親に聞いたら、「嫡子よ、これも簡単なことであるさ。立派に藁で綱を固くなったら、立派な板の上にこれを置いて燃やしたら、そうしたら灰縄ができるよ。」って。そして、公儀にこのとおりにして持って行ったから、「これは誰がこんなにして教えてあるか。」と言ったから、親孝行をしている人が、「藁で固く綱をなったのを燃やしたら、灰縄ができるからと、親から習いました。」と言ったからね、そのときから、「六一になっても年寄りは捨ててはいけない。」と言って、もう親をアムトゥの下に持って行かなかったって。 |
| 全体の記録時間数 | 4:20 |
| 物語の時間数 | 3:59 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |