渡嘉敷ペーク 馬競走 低頭門他(シマグチ混じり)

概要

渡嘉敷ペークは、友だちと馬競走のとき、発情期の雌馬に乗って行ったんだな。そしたらね、発情期の雌馬は臭いするからね、先に行った雄の馬でも引っ返してその後についてきて、だから渡嘉敷ペークの馬には負ける。こう馬が並んで出ますね、するとみな早い馬は沢山おるんだけど、渡嘉敷ペークの馬は雌でことにさかりが付くと臭うから、みんな雄馬がのっかかろうとしているわけでしょう。だからみな渡嘉敷ペークの馬の尻について走ったから、そうして負けたって。それから、また渡嘉敷ペークはね、ひょうきん者で頭もあるし、学者でしょう。それに渡嘉敷ペークはね、九五才まで生きてるよ。それで尚穆王時代の御用室でもあるしね、また鹿児島行って勉強もして、茶道とか武道とかもやっている。王様は、渡嘉敷ペークの生徒だからね、どんなことでも友達のようにしている。「じゃ、王様はこんないい馬を持っとるが、私のは転げそうな馬だけども私の馬と競走するか。じゃあ、馬を出しとけ。あんた乗っときなさい。」「やろう。」と言ったらね、ペークは、自分の馬のしっぽにおいしい草をくくり付けておったのよ。だから、王様の馬はどうしても前に行かん。「ほら、どうですか、貴方様は負けましたね。」「こいつめ。」と王様は負けたから渡嘉敷ペークに、お詫びをしたって。今度は、渡嘉敷ペークは王様のお世話をしているから、王様から褒美に米をもらうことになった。それで、渡嘉敷ペークは、王様が二俵くれると思ったから馬を引いて行って、「ああ、これは恐れいります。」と見たら案外一俵しかくれなかった。そしたらね、渡嘉敷ペークは、その一俵をわざと馬が転ぶように片一方に付けたから、馬はひょろひょろした馬だからこっちに転んだ。またも別な側につけるとその方に転んで、馬が起き上がって転び、また起き上がっては転ぶから、「はあ、これでは、かたっぽうが重くなって、馬が転んでしまいますね。」と言うから王様も仕方なく、「こいつめに、もう一俵出しなさい。」と言って二俵くれたら、今度は、馬の背の二俵付けさせて、喜んでこう帰ったね。
いつかまたこのようなこともあるんですよ。「うちへ王様がいらっしゃるときはおじき
してからお入りなさるよ。」渡嘉敷ペークが一般の人に話したわけです。みんなは、「おおう、そんなことはないだろう。まさかペークなんかにそんな。」王様が渡嘉敷ペークの住む北谷に来よったそうです。そしたら、渡嘉敷ペークは、だれでも必ずおじぎしてから入るように、門の外の五尺ほどの高さに線を引っ張っとったわけです。で、王様は、仕方なくこう頭下げて入らなければならないから、「どうだい、どうだい。おじぎしてお入りなさるじやないですか。」とみんなに言ったそうだよ。渡嘉敷ペークは、一三代の尚敬から一四代の尚穆の時代だからね、そういうような時代に
、武道も茶道もまた書も名人だから、王様は非常に喜んで渡嘉敷ペークを呼んでいつも書を書かせたりしていたらしい。それで、米なんかやっていたのに、「あの男の困った顔を見たい。」とある日、王様がわざと渡嘉敷ペークを困らせてやろうと、味噌を持たした。味噌と言うのはいいものであるが、「あのンンスが。」とつまらんものも味噌と言った。また、脳みそが悪いとかなんとかいうから、そんなものを持って歩いたら、人は少し軽蔑したよ。その味噌を王様が、「こいつはまあ、なにをやってもいいだろう。」とおもしろ半分に味噌をこう包んで渡嘉敷ペークにやったらね、渡嘉敷ペークは、「この味噌を包んだのをこのまま持って歩いたらちょっと恰好悪いですよ。」と言って、わざと王様が大事にしていた花木を引き折ってきてね、それを味噌に突き刺したから、それを持って歩いても、味噌を持って歩いているようには見えない。まるで、渡嘉敷ペークが根ごと引き抜いた花木を持って歩くように見えるから、「こうしたら持ちやすいから上等ですね。」と言ったら、王様は、「これは、またしてやられた。」こうして王様からもらっても、渡嘉敷ペークは自分一人では食べない。味噌でも何でもみんなに分けてやったそうだ。

再生時間:4:55

民話詳細DATA

レコード番号 47O383158
CD番号 47O38C162
決定題名 渡嘉敷ペーク 馬競走 低頭門他(シマグチ混じり)
話者がつけた題名
話者名 安里永太郎
話者名かな あさとえいたろう
生年月日 19010929
性別
出身地 沖縄県中頭郡北中城字喜舎場
記録日 19810705
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 中頭郡北中城村 T02 B12
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 笑話
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 北中城の民話 P551
キーワード 渡嘉敷ペーク,馬競走,雌馬,雄馬,尚穆王時代,御用室,鹿児島,茶道,武道,王様,褒美,二俵,北谷,門,おじぎ,味噌を
梗概(こうがい) 渡嘉敷ペークは、友だちと馬競走のとき、発情期の雌馬に乗って行ったんだな。そしたらね、発情期の雌馬は臭いするからね、先に行った雄の馬でも引っ返してその後についてきて、だから渡嘉敷ペークの馬には負ける。こう馬が並んで出ますね、するとみな早い馬は沢山おるんだけど、渡嘉敷ペークの馬は雌でことにさかりが付くと臭うから、みんな雄馬がのっかかろうとしているわけでしょう。だからみな渡嘉敷ペークの馬の尻について走ったから、そうして負けたって。それから、また渡嘉敷ペークはね、ひょうきん者で頭もあるし、学者でしょう。それに渡嘉敷ペークはね、九五才まで生きてるよ。それで尚穆王時代の御用室でもあるしね、また鹿児島行って勉強もして、茶道とか武道とかもやっている。王様は、渡嘉敷ペークの生徒だからね、どんなことでも友達のようにしている。「じゃ、王様はこんないい馬を持っとるが、私のは転げそうな馬だけども私の馬と競走するか。じゃあ、馬を出しとけ。あんた乗っときなさい。」「やろう。」と言ったらね、ペークは、自分の馬のしっぽにおいしい草をくくり付けておったのよ。だから、王様の馬はどうしても前に行かん。「ほら、どうですか、貴方様は負けましたね。」「こいつめ。」と王様は負けたから渡嘉敷ペークに、お詫びをしたって。今度は、渡嘉敷ペークは王様のお世話をしているから、王様から褒美に米をもらうことになった。それで、渡嘉敷ペークは、王様が二俵くれると思ったから馬を引いて行って、「ああ、これは恐れいります。」と見たら案外一俵しかくれなかった。そしたらね、渡嘉敷ペークは、その一俵をわざと馬が転ぶように片一方に付けたから、馬はひょろひょろした馬だからこっちに転んだ。またも別な側につけるとその方に転んで、馬が起き上がって転び、また起き上がっては転ぶから、「はあ、これでは、かたっぽうが重くなって、馬が転んでしまいますね。」と言うから王様も仕方なく、「こいつめに、もう一俵出しなさい。」と言って二俵くれたら、今度は、馬の背の二俵付けさせて、喜んでこう帰ったね。 いつかまたこのようなこともあるんですよ。「うちへ王様がいらっしゃるときはおじき してからお入りなさるよ。」渡嘉敷ペークが一般の人に話したわけです。みんなは、「おおう、そんなことはないだろう。まさかペークなんかにそんな。」王様が渡嘉敷ペークの住む北谷に来よったそうです。そしたら、渡嘉敷ペークは、だれでも必ずおじぎしてから入るように、門の外の五尺ほどの高さに線を引っ張っとったわけです。で、王様は、仕方なくこう頭下げて入らなければならないから、「どうだい、どうだい。おじぎしてお入りなさるじやないですか。」とみんなに言ったそうだよ。渡嘉敷ペークは、一三代の尚敬から一四代の尚穆の時代だからね、そういうような時代に 、武道も茶道もまた書も名人だから、王様は非常に喜んで渡嘉敷ペークを呼んでいつも書を書かせたりしていたらしい。それで、米なんかやっていたのに、「あの男の困った顔を見たい。」とある日、王様がわざと渡嘉敷ペークを困らせてやろうと、味噌を持たした。味噌と言うのはいいものであるが、「あのンンスが。」とつまらんものも味噌と言った。また、脳みそが悪いとかなんとかいうから、そんなものを持って歩いたら、人は少し軽蔑したよ。その味噌を王様が、「こいつはまあ、なにをやってもいいだろう。」とおもしろ半分に味噌をこう包んで渡嘉敷ペークにやったらね、渡嘉敷ペークは、「この味噌を包んだのをこのまま持って歩いたらちょっと恰好悪いですよ。」と言って、わざと王様が大事にしていた花木を引き折ってきてね、それを味噌に突き刺したから、それを持って歩いても、味噌を持って歩いているようには見えない。まるで、渡嘉敷ペークが根ごと引き抜いた花木を持って歩くように見えるから、「こうしたら持ちやすいから上等ですね。」と言ったら、王様は、「これは、またしてやられた。」こうして王様からもらっても、渡嘉敷ペークは自分一人では食べない。味噌でも何でもみんなに分けてやったそうだ。
全体の記録時間数 5:01
物語の時間数 4:55
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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