鍛冶屋の始まり(方言)

概要

思うに、山原方面に、鍛冶屋というのがないのでね、たぶん首里や那覇から分かれて行って、向こうで成り立っているだろうと思われる。だから、この方法は分からないわけです。だから、多分首里、那覇の人は、なぜと思われるだろうが、この奥間の鍛冶屋をしている辺りで初めたあの人は、神の聖霊だったのかなー。初めて鉄をこうして製造するという場所に、この鉄を焼いたので、焼いたらどうなるだろうと、焼いてこれを研究しようとしたら、もうそれを掴むものがなかったらしい。当たり前に、この火箸では焼けてしまったりで、どの木でもこの鉄が焼けたものは取れなかった。そうしたら、ハブが降りてきて、あの、これがくわえて、中に置いて、打ったり、引いたりして、教えたという話です。そこで、このハブのやり方で「おお。これは、このハブが神様だったんだ。どうせこのハブのように、あのー、こうしてはさむものを造らないと生けないんだ。」そして、これから造って、それから鍛冶屋を始めたという話です。

再生時間:1:24

民話詳細DATA

レコード番号 47O375247
CD番号 47O37C224
決定題名 鍛冶屋の始まり(方言)
話者がつけた題名 奥間カンジャー
話者名 我那覇英次郎
話者名かな がなはえいじろう
生年月日 19100412
性別
出身地 沖縄県読谷村比謝矼
記録日 19770226
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第1班
元テープ番号 読谷村比謝矼T03A02
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集15渡具知・比謝・比謝矼の民話 P326
キーワード 山原方面,鍛冶屋と,首里や那覇,奥間の鍛冶屋,神の聖霊,掴むもの,ハブ
梗概(こうがい) 思うに、山原方面に、鍛冶屋というのがないのでね、たぶん首里や那覇から分かれて行って、向こうで成り立っているだろうと思われる。だから、この方法は分からないわけです。だから、多分首里、那覇の人は、なぜと思われるだろうが、この奥間の鍛冶屋をしている辺りで初めたあの人は、神の聖霊だったのかなー。初めて鉄をこうして製造するという場所に、この鉄を焼いたので、焼いたらどうなるだろうと、焼いてこれを研究しようとしたら、もうそれを掴むものがなかったらしい。当たり前に、この火箸では焼けてしまったりで、どの木でもこの鉄が焼けたものは取れなかった。そうしたら、ハブが降りてきて、あの、これがくわえて、中に置いて、打ったり、引いたりして、教えたという話です。そこで、このハブのやり方で「おお。これは、このハブが神様だったんだ。どうせこのハブのように、あのー、こうしてはさむものを造らないと生けないんだ。」そして、これから造って、それから鍛冶屋を始めたという話です。
全体の記録時間数 1:24
物語の時間数 1:24
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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