ナーチャミー由来(方言)

概要

イリガサー、天然痘といってあるが、その天然痘の場合に、ここはそれを願っていないかと何処もかも探して歩いたそうだよ。広げようと思ってね。そして私達のお母さん達は、こんな大きな籠に入っていたそうです、私の母親はね。役場から探しに来て「何処も天然痘願っているのは居ないか」と。また私達の隣近所のチルーバーチーは、になっていたそうだ。その人は戸棚の中に入って「何も願ってはいないよ」と言って行かせたという話だが、天然痘の事だったそうだ。私達の屋宜の曾祖父母は学者だったそうで、家の日柄や、墓の日を取ったりと私達の曾祖父母ほどの学者は居なかったそうだよ。だから、私達の祖先(祖父母)は学者だったのでね。私は八つの年だったんだよ、私が覚えているのは。学校は九つからしか出てないから、八つの年だったが、その時の事を覚えているよ。「どうしてかと言うとねモーサー、この亡くなった人を一日二十四時間置くという事は何でかというとね」「何で朝亡くなっているのにどうして夜までこのようにして置くのか、早く墓に持って行かないのか」と私は言った。それにはこのような由来記があるよ。「朝亡くなったんだったら、一晩は子や孫が足を抱える番をして、翌日に送るもんだよ。それで生きていたという人もいたという」そんな話をしたら、麻疹の時に隠したら、その子どもはナーチャミーしに行かなかったのか、その頃は泣いていたはずだが分からなかったんでしょう。そして洗骨に行ったら、棺箱から這い出て側で骨になっていたそうだ。何処の亡くなった人も棺桶の蓋を開けて亡くなる人は居ないでしょう。そうしたら、その時から亡くなった人は二十四時間は置いておく事になり、一晩は必ず置いておくようだよ。朝亡くなったからといってすぐに墓に入れるものではないよ。一晩は必ず置いてから親祖父母は送るんだよ。話はいつもそう言って私に聞かせていたよ。私は八つの年だったが、これは覚えがあるよ。

再生時間:2:09

民話詳細DATA

レコード番号 47O374983
CD番号 47O37C214
決定題名 ナーチャミー由来(方言)
話者がつけた題名 ナーチャミー由来
話者名 与座モウシ
話者名かな よざもうし
生年月日 18971207
性別
出身地 沖縄県読谷村渡具知
記録日 19770224
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第3班
元テープ番号 読谷村渡具知T05A19
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 民俗
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード イリガサー,天然痘,大きな籠,墓,ナーチャミー
梗概(こうがい) イリガサー、天然痘といってあるが、その天然痘の場合に、ここはそれを願っていないかと何処もかも探して歩いたそうだよ。広げようと思ってね。そして私達のお母さん達は、こんな大きな籠に入っていたそうです、私の母親はね。役場から探しに来て「何処も天然痘願っているのは居ないか」と。また私達の隣近所のチルーバーチーは、になっていたそうだ。その人は戸棚の中に入って「何も願ってはいないよ」と言って行かせたという話だが、天然痘の事だったそうだ。私達の屋宜の曾祖父母は学者だったそうで、家の日柄や、墓の日を取ったりと私達の曾祖父母ほどの学者は居なかったそうだよ。だから、私達の祖先(祖父母)は学者だったのでね。私は八つの年だったんだよ、私が覚えているのは。学校は九つからしか出てないから、八つの年だったが、その時の事を覚えているよ。「どうしてかと言うとねモーサー、この亡くなった人を一日二十四時間置くという事は何でかというとね」「何で朝亡くなっているのにどうして夜までこのようにして置くのか、早く墓に持って行かないのか」と私は言った。それにはこのような由来記があるよ。「朝亡くなったんだったら、一晩は子や孫が足を抱える番をして、翌日に送るもんだよ。それで生きていたという人もいたという」そんな話をしたら、麻疹の時に隠したら、その子どもはナーチャミーしに行かなかったのか、その頃は泣いていたはずだが分からなかったんでしょう。そして洗骨に行ったら、棺箱から這い出て側で骨になっていたそうだ。何処の亡くなった人も棺桶の蓋を開けて亡くなる人は居ないでしょう。そうしたら、その時から亡くなった人は二十四時間は置いておく事になり、一晩は必ず置いておくようだよ。朝亡くなったからといってすぐに墓に入れるものではないよ。一晩は必ず置いてから親祖父母は送るんだよ。話はいつもそう言って私に聞かせていたよ。私は八つの年だったが、これは覚えがあるよ。
全体の記録時間数 2:09
物語の時間数 2:09
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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