昔、あるところに三軒屋があったらしい。田舎の三軒。一軒は、朝から晩まで、笑い喜びいっぱいで、ほがらかな家庭であったようだ。また一軒は、とっても悪い心を持った人で、朝から晩まで喧嘩して、妹ともいつも言い合いをして喧嘩ばかりしていた。もう一軒は子供のできないお婆ちゃんがいたらしい。それで、この悪の、いつも家庭が円満でない家庭が、とっても円満な家庭に教えを乞いに行ったらしい。「貴方の家庭は、朝から晩までいつも笑い喜びいっぱいで、とっても良い家庭。どうしたらそういうふうにできるのですか、教えて下さい。」と言うと、しかし良い家庭の人はまた、「私は貴方達から習いたい。私達はただ毎日の、ただ成り行き任せで暮らしをしているだけで、何も分からん。ただの暮らしなんです。あなた達からこそ習いたい。」と言ったので、この人は、怒り出して、「私をからかっているのか。」と。ほらまた始まった。「私をからかっているのか。」と怒り出した。そこで、「そうそうそういうところだ。あなたはすぐ怒り出す。落ちついて怒りは出すな。そうすれば自然に人並みの家庭になってくるよ。」と言った。そして、この良い家庭は、どこからか主人が遅く帰って来ても、「おかえりなさい。」と、いつも迎えていた。また茶碗道具はつけといて、嫁が昼寝していると、そこのお婆さんは、「赤子持ちは夜中も起きることがあるから、道具は私が洗ってあげよう。」と、きれいに洗ってふいてあげたりしたらしい。それで茶碗でも何でも、欠けていても「孫達がやったことだからいいさ。壺屋も儲けさせていいさ。嘉例だから茶碗も割れるんだよ。」と、こういう暮らしだったそうだ。また、家庭が円満ではない家は、茶碗がそこにころがろうものなら、「誰がしたのか。」と、またこれからも喧嘩になる。嫁が一言いうと、二言も三言も返して、何かにつけて喧嘩ばかりしていた。そして、また子供のいない家のお爺さん、お婆さんがいらっしゃると欠けた茶碗にお茶を入れて差し上げたら、円満な家庭の人が「欠けた茶碗ですが、子や孫が多くて、欠けた茶碗しかないんですよ。」と言った。おこしてもおこしても欠け茶碗だったらしい。「それが一番、嘉例なんですよ。私達は、子供も生んでないので、茶碗を欠く人もない。残念です。」と、そんな話があった。そしたらまた、隣の悪の心を持っている家庭は、「子供を生んでない人が何を言うか。」と言ったって。そういうことで「人間というのは、喧嘩ばかりするのも、その家庭の柱によるんだよ。」と、小さい時によく聞かされた。お祖父ちゃん、お祖母ちゃんから。
| レコード番号 | 47O374393 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C190 |
| 決定題名 | 三軒の家(共通語混) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 名嘉真光子 |
| 話者名かな | なかまみつこ |
| 生年月日 | 19050504 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村長田 |
| 記録日 | 19950121 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村長田T03A02 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 本格昔話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集13 大木・長田・牧原の民話P284 |
| キーワード | 田舎の三軒,一軒は朝から晩まで笑い喜びいっぱい,ほがらかな家庭,悪い心を持った人,朝から晩まで喧嘩,子供のできないお婆ちゃん,教えを乞いに行っ,怒り出した,嘉例だから茶碗も割れる |
| 梗概(こうがい) | 昔、あるところに三軒屋があったらしい。田舎の三軒。一軒は、朝から晩まで、笑い喜びいっぱいで、ほがらかな家庭であったようだ。また一軒は、とっても悪い心を持った人で、朝から晩まで喧嘩して、妹ともいつも言い合いをして喧嘩ばかりしていた。もう一軒は子供のできないお婆ちゃんがいたらしい。それで、この悪の、いつも家庭が円満でない家庭が、とっても円満な家庭に教えを乞いに行ったらしい。「貴方の家庭は、朝から晩までいつも笑い喜びいっぱいで、とっても良い家庭。どうしたらそういうふうにできるのですか、教えて下さい。」と言うと、しかし良い家庭の人はまた、「私は貴方達から習いたい。私達はただ毎日の、ただ成り行き任せで暮らしをしているだけで、何も分からん。ただの暮らしなんです。あなた達からこそ習いたい。」と言ったので、この人は、怒り出して、「私をからかっているのか。」と。ほらまた始まった。「私をからかっているのか。」と怒り出した。そこで、「そうそうそういうところだ。あなたはすぐ怒り出す。落ちついて怒りは出すな。そうすれば自然に人並みの家庭になってくるよ。」と言った。そして、この良い家庭は、どこからか主人が遅く帰って来ても、「おかえりなさい。」と、いつも迎えていた。また茶碗道具はつけといて、嫁が昼寝していると、そこのお婆さんは、「赤子持ちは夜中も起きることがあるから、道具は私が洗ってあげよう。」と、きれいに洗ってふいてあげたりしたらしい。それで茶碗でも何でも、欠けていても「孫達がやったことだからいいさ。壺屋も儲けさせていいさ。嘉例だから茶碗も割れるんだよ。」と、こういう暮らしだったそうだ。また、家庭が円満ではない家は、茶碗がそこにころがろうものなら、「誰がしたのか。」と、またこれからも喧嘩になる。嫁が一言いうと、二言も三言も返して、何かにつけて喧嘩ばかりしていた。そして、また子供のいない家のお爺さん、お婆さんがいらっしゃると欠けた茶碗にお茶を入れて差し上げたら、円満な家庭の人が「欠けた茶碗ですが、子や孫が多くて、欠けた茶碗しかないんですよ。」と言った。おこしてもおこしても欠け茶碗だったらしい。「それが一番、嘉例なんですよ。私達は、子供も生んでないので、茶碗を欠く人もない。残念です。」と、そんな話があった。そしたらまた、隣の悪の心を持っている家庭は、「子供を生んでない人が何を言うか。」と言ったって。そういうことで「人間というのは、喧嘩ばかりするのも、その家庭の柱によるんだよ。」と、小さい時によく聞かされた。お祖父ちゃん、お祖母ちゃんから。 |
| 全体の記録時間数 | 3:29 |
| 物語の時間数 | 3:29 |
| 言語識別 | 混在 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |