阿波根グラミー(シマグチ)

概要

阿波根グラミーという人は名高い人だったそうだ。阿波根グラミーという人は絹の着物に包まれて、竹山で投げ捨てられているのを、子供のいない年寄りのお婆さんが拾って育てた。お爺さん、お婆さんは、拾った子を育てたうえ苦労していた。この子が七歳の時、唐船を造るときにだった。船の進水ができなかったので、阿波根グラミーが皆に、「私が三声で下ろす。」と言うと、王府に呼ばれて、「王府に向かってこのように言うのか、王府でもできないのに、それが確かに三声で下ろすか。」と言われて、「私が下ろす。」と言うから、それでも本当にできるかとみていた。そして、同じ力になるように両方に分けて、ロープをかけて、阿波根グラミーは上に上がって、鼓を打って、「行きなさい、下りなさい。」と三回言うと、進水したようだ。それから、王府にあげられて、内地、薩摩に戦争に行かされて、薩摩の国で、沢山御馳走や酒もふるまわれていたが、阿波根グラミーは殺されることになっていた。女中が、「貴方は、今日は用心しないといけないね。」と言った。沖縄から馬は持たされていた。女中は、「何間か前に落とし穴があるので、その馬を飛び越えさせないと、貴方はその落とし穴にすぐ落ちるよ。」と言った。阿波根グラミーはそのとき、馬具をうって飛び越えさせてしのいで沖縄に帰ってきた。沖縄へ帰るとき、その馬も甲板の上に乗せて行った。途中暴風に遭って、甲板の上から馬は海に落ちてしまった。それで、阿波根グラミーが紙に書いて投げると、馬はそのままだった。「その馬に助けられたので、いついつまでも私達の一門の子や孫には馬の肉は食べさせてはいけない。」と言っていた。この歴史、それだけ。

再生時間:2:56

民話詳細DATA

レコード番号 47O374104
CD番号 47O37C179
決定題名 阿波根グラミー(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 阿波根直孝
話者名かな あはごんちょっこう
生年月日 19970715
性別
出身地 伊是名村
記録日 19770223
記録者の所属組織 読谷村民話調査団
元テープ番号 読谷村都屋T02A06
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集12 親志の民話 P264
キーワード 阿波根グラミー,名高い人,絹の着物,竹山,子供のいない年寄りのお婆さん,唐船,船の進水,王府,鼓,薩摩に戦争,御馳走や酒,落とし穴,馬,甲板,暴風,一門の子や孫には馬の肉は食べさせてはいけない
梗概(こうがい) 阿波根グラミーという人は名高い人だったそうだ。阿波根グラミーという人は絹の着物に包まれて、竹山で投げ捨てられているのを、子供のいない年寄りのお婆さんが拾って育てた。お爺さん、お婆さんは、拾った子を育てたうえ苦労していた。この子が七歳の時、唐船を造るときにだった。船の進水ができなかったので、阿波根グラミーが皆に、「私が三声で下ろす。」と言うと、王府に呼ばれて、「王府に向かってこのように言うのか、王府でもできないのに、それが確かに三声で下ろすか。」と言われて、「私が下ろす。」と言うから、それでも本当にできるかとみていた。そして、同じ力になるように両方に分けて、ロープをかけて、阿波根グラミーは上に上がって、鼓を打って、「行きなさい、下りなさい。」と三回言うと、進水したようだ。それから、王府にあげられて、内地、薩摩に戦争に行かされて、薩摩の国で、沢山御馳走や酒もふるまわれていたが、阿波根グラミーは殺されることになっていた。女中が、「貴方は、今日は用心しないといけないね。」と言った。沖縄から馬は持たされていた。女中は、「何間か前に落とし穴があるので、その馬を飛び越えさせないと、貴方はその落とし穴にすぐ落ちるよ。」と言った。阿波根グラミーはそのとき、馬具をうって飛び越えさせてしのいで沖縄に帰ってきた。沖縄へ帰るとき、その馬も甲板の上に乗せて行った。途中暴風に遭って、甲板の上から馬は海に落ちてしまった。それで、阿波根グラミーが紙に書いて投げると、馬はそのままだった。「その馬に助けられたので、いついつまでも私達の一門の子や孫には馬の肉は食べさせてはいけない。」と言っていた。この歴史、それだけ。
全体の記録時間数 2:56
物語の時間数 2:56
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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