都屋徳武佐というのは、今帰仁城、今帰仁親方だったが、その人の子、孫だったそうだ。そして、命を失いそうなときに、夫婦、子供と一緒にここへいらして、そこでしのいで命は助かった。「ああもう命は助かったね、ここは都屋徳武佐とつけようね。」と、私達は徳があるのでいついつまでもここに徳ありと、それで今帰仁やら、どこもかもから拝んでいるよ。都屋の徳武佐といって、それから、この戦争のときに、これだけの都屋の人がそこの洞穴に入って、上から爆弾も落とすが、その壕にはちっとも入らず、落ちなかった。それで都屋の人々も終戦後もここを崇拝している。
| レコード番号 | 47O374102 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C179 |
| 決定題名 | 都屋徳武佐(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 阿波根直孝 |
| 話者名かな | あはごんちょっこう |
| 生年月日 | 19970715 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 伊是名村 |
| 記録日 | 19770223 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団 |
| 元テープ番号 | 読谷村都屋T02A04 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集12 親志の民話 P286 |
| キーワード | ,都屋徳武佐,今帰仁城,今帰仁親方,命は助かった,戦争,都屋の人,洞穴,爆弾 |
| 梗概(こうがい) | 都屋徳武佐というのは、今帰仁城、今帰仁親方だったが、その人の子、孫だったそうだ。そして、命を失いそうなときに、夫婦、子供と一緒にここへいらして、そこでしのいで命は助かった。「ああもう命は助かったね、ここは都屋徳武佐とつけようね。」と、私達は徳があるのでいついつまでもここに徳ありと、それで今帰仁やら、どこもかもから拝んでいるよ。都屋の徳武佐といって、それから、この戦争のときに、これだけの都屋の人がそこの洞穴に入って、上から爆弾も落とすが、その壕にはちっとも入らず、落ちなかった。それで都屋の人々も終戦後もここを崇拝している。 |
| 全体の記録時間数 | 1:19 |
| 物語の時間数 | 1:19 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |