私達の時代には相撲取り、ガージャヌタンメーという相撲取りがいたんだがね。この人は百三十五斤もある砂糖樽を手に持って、牛を肩にかけてね、引いて家に帰って行ったよ。百三十五斤だから、百斤で六十キロでしょう。すると八十キロぐらいになるからね。その砂糖の荷物を畚に入れて、こうして二丁担いで行ったよ。私達は子供の頃に遊びに行って、ガージャヌタンメーを見て知っているんだがね。昔は、ちょうど今時分から、砂糖の製糖期に入った。現在では多幸山で牛が引っ張ってやっているでしょう。そこである日、砂糖ヤーで馬の歩く道に石ころがゴロゴロ転がっていた。ガージャヌタンメーは、この石を取り除いて綺麗にしようと思っていたんだね。タンメーがその石を取り除いている時に、私も他の子供達と一緒になって、ヒチイターを倒して押してしまった。サーター車には上に車を回す木があるでしょう。あの木の先だよ。あれは、昔は馬が引っ張っていたんだが、あれは軽いからね、何のクサビもしてない時はぐるぐる簡単に回るよ。それが急にヒチイターがぐるっと回って先の方がタンメーの頭にあたってしまった。もうその木でガージャヌタンメーは殴り倒されてしまった。血だらけになって、最初は起きにくそうにしていたから、私達はびっくりしてしまった。しかし、タンメーは煙草を取り出して、「頭痛がしていたのに、もうこれで治るよ。」とね、もう何の心配もしていらっしゃらなかった。ものすごい相撲取りで、背丈も六尺ほどあったんじゃないかな。
| レコード番号 | 47O373964 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C173 |
| 決定題名 | ガージャヌタンメー(シマグチ混) |
| 話者がつけた題名 | ガージャヌタンメー |
| 話者名 | 浦崎政夫 |
| 話者名かな | うらさきまさお |
| 生年月日 | 19150301 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村親志 |
| 記録日 | 19930120 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村親志T03A10 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 笑話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集12上地・親志・都屋の民話 P121 |
| キーワード | 相撲取り,ガージャヌタンメー,百三十五斤,砂糖樽,牛を肩にかけて,多幸山,ヒチイター,サーター車,殴り倒されてしまった,背丈は六尺 |
| 梗概(こうがい) | 私達の時代には相撲取り、ガージャヌタンメーという相撲取りがいたんだがね。この人は百三十五斤もある砂糖樽を手に持って、牛を肩にかけてね、引いて家に帰って行ったよ。百三十五斤だから、百斤で六十キロでしょう。すると八十キロぐらいになるからね。その砂糖の荷物を畚に入れて、こうして二丁担いで行ったよ。私達は子供の頃に遊びに行って、ガージャヌタンメーを見て知っているんだがね。昔は、ちょうど今時分から、砂糖の製糖期に入った。現在では多幸山で牛が引っ張ってやっているでしょう。そこである日、砂糖ヤーで馬の歩く道に石ころがゴロゴロ転がっていた。ガージャヌタンメーは、この石を取り除いて綺麗にしようと思っていたんだね。タンメーがその石を取り除いている時に、私も他の子供達と一緒になって、ヒチイターを倒して押してしまった。サーター車には上に車を回す木があるでしょう。あの木の先だよ。あれは、昔は馬が引っ張っていたんだが、あれは軽いからね、何のクサビもしてない時はぐるぐる簡単に回るよ。それが急にヒチイターがぐるっと回って先の方がタンメーの頭にあたってしまった。もうその木でガージャヌタンメーは殴り倒されてしまった。血だらけになって、最初は起きにくそうにしていたから、私達はびっくりしてしまった。しかし、タンメーは煙草を取り出して、「頭痛がしていたのに、もうこれで治るよ。」とね、もう何の心配もしていらっしゃらなかった。ものすごい相撲取りで、背丈も六尺ほどあったんじゃないかな。 |
| 全体の記録時間数 | 3:48 |
| 物語の時間数 | 3:48 |
| 言語識別 | 混在 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |