親志の始まり(共通語)

概要

最初はね、これは廃藩置県後でしょうね。やはり首里王府の勤めておった人達が、いえば今後の戦争では、つまり日本世(にほんゆー)からアメリカ世(ゆー)になったというあれがあるでしょう。で、その当時やはり薩摩に攻められて、いえばその薩摩の属国みたいになってしまうわけ。琉球王府がなくなって、今度は県を置くようになった時に、琉球王府に勤めておった侍達が仮王府を離れて、ただ一時金、言えば昔は家禄をもらって田舎下りした。家禄というのはね、今の恩給みたいなものですよ。それがたまたま安勢理(あせり)朝苗(ちょうびょう)という人がね、この人が中心なって親志を開墾して、で王府の方から多分払い下げたんでしょうね。そこで生活した。村にも何も書類もないから、所有権というのが認められたのはずっと後のことですからね、もう当時は所有権なんていうのはなかった。ここは私の物だといえばそのまま私の物になるわけ。安勢理朝苗という人が中心になって開墾を始めた。それが親志の始まり。廃藩置県後(あと)でしょうね。首里を追われて、その時分に詠まれた歌がこういう歌があるんですよ。「哀(あわ)りちりなさや 廃藩ぬ侍(さむれ)ぇ クバ笠ぐゎーかんてぃ 馬ぐゎーすんち。」廃藩といえば、藩がなくなって県になった。今まで侍は働かなくても食べられたから田舎から持ってくる食料をもらってね、食べておったのを、その当時から役を離れてそれがなくなったから、食べるのもないものだから、そういう歌が詠まれた。だから田舎に王府からやってきて、その方達は親志に来て開墾を始めた。そのあたりから作物ができて、大きな部落は裕福な暮し方をして、それからの始まりだった。

再生時間:3:39

民話詳細DATA

レコード番号 47O373956
CD番号 47O37C173
決定題名 親志の始まり(共通語)
話者がつけた題名 親志の始まり
話者名 浦崎政夫
話者名かな うらさきまさお
生年月日 19150301
性別
出身地 沖縄県読谷村親志
記録日 19930120
記録者の所属組織 読谷村ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村親志T03A02
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集12上地・親志・都屋の民話 P149
キーワード 廃藩置県後,首里王府,日本世,アメリカ世,薩摩の属国,県を置く,侍達,家禄,田舎下り,恩給,安勢理朝苗,親志を開墾
梗概(こうがい) 最初はね、これは廃藩置県後でしょうね。やはり首里王府の勤めておった人達が、いえば今後の戦争では、つまり日本世(にほんゆー)からアメリカ世(ゆー)になったというあれがあるでしょう。で、その当時やはり薩摩に攻められて、いえばその薩摩の属国みたいになってしまうわけ。琉球王府がなくなって、今度は県を置くようになった時に、琉球王府に勤めておった侍達が仮王府を離れて、ただ一時金、言えば昔は家禄をもらって田舎下りした。家禄というのはね、今の恩給みたいなものですよ。それがたまたま安勢理(あせり)朝苗(ちょうびょう)という人がね、この人が中心なって親志を開墾して、で王府の方から多分払い下げたんでしょうね。そこで生活した。村にも何も書類もないから、所有権というのが認められたのはずっと後のことですからね、もう当時は所有権なんていうのはなかった。ここは私の物だといえばそのまま私の物になるわけ。安勢理朝苗という人が中心になって開墾を始めた。それが親志の始まり。廃藩置県後(あと)でしょうね。首里を追われて、その時分に詠まれた歌がこういう歌があるんですよ。「哀(あわ)りちりなさや 廃藩ぬ侍(さむれ)ぇ クバ笠ぐゎーかんてぃ 馬ぐゎーすんち。」廃藩といえば、藩がなくなって県になった。今まで侍は働かなくても食べられたから田舎から持ってくる食料をもらってね、食べておったのを、その当時から役を離れてそれがなくなったから、食べるのもないものだから、そういう歌が詠まれた。だから田舎に王府からやってきて、その方達は親志に来て開墾を始めた。そのあたりから作物ができて、大きな部落は裕福な暮し方をして、それからの始まりだった。
全体の記録時間数 3:39
物語の時間数 3:39
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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