昔中国の殷の紂王という名前であられたそうだがね。結婚するときに、昔は花嫁を駕籠に担いで連れてきたでしょう。そのときにおそらく遠かったんでしょうね、担ぐ人が休もうと思って、駕籠を置いて休んでいると、狐がその花嫁をとって除けてね、自分が花嫁に化けて、そうやって騙して、狐が花嫁になりすまして王の妻になったわけ。そうして王妃になった狐は、寒いときにもあっち行ったりこっち来たり、川を越えたり何したりする人を見て、王に、「あれは何のためにそうするのか。ものすごい人が居るね。」と言ったんだ。ほら、その妻はもう殺させて食べようという考えだからね、「さあ、あの人を殺して足の骨を調べてごらん。」と言って、そうして殺させて食べたようだね。また、「酒飲みには酒をいっぱい作って飲ませて死なしなさい。」と言って、殺させて食べるしね。またあるとき、王だからね、「何よりもおいしいのは塩よりほかにはありません。」という人が居たので、「それならあれは、海で腹一杯潮を飲ませて死なしなさい。」と言って、その人を殺させてたんだ。するとその後から七か月の間日照りがあり、七か月の間雨が降り続いたようだ。それで、七か月も雨が降り続いて塩も炊けないからね、その王が召し上がる物にも塩なしの食物を差し上げた。そしたら、これは潮を飲ませて殺した後の話だがね、食事を作るのは男の人だったんだろうね、その王の食事を作る天井に塩俵を置いてあったそうだ。それだけしかないが、雨が降ったので塩が溶けて、王の召し上がる物の上に汁が垂れていたらしい。そしたら、王が、「今日の食物は変わっている。」と言ったら、「いいえ、いつもの通りです。変わりありません。」と我を張って申し上げると、「さあそれなら、ここの上を調べてごらん。」と言われて見ると、そこには小さな塩俵があったそうだ。そうしたら、「あの人の言うことは本当だったんだね。言われる通り塩が一番だ。」と言った。そうして、五月四日のハーリーを漕ぐのは、あの人の魂を迎えるために、ハーリー行事をするようになったそうだよ。ユッカヌヒーにはね、那覇港でね、泊、久米、垣花の三か所がそろって、ハーリー競争をしたそうだよ。それで、言い合いすることに、今でこそ喧嘩はいっぱいあるが、そのころは、喧嘩というのはあんまりなかったから人が喧嘩すると、「あんたとはもうこれまで。もうあんたとはユッカヌヒーだね。」という意味で、ユッカヌヒーと言うわけよ。
| レコード番号 | 47O373915 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C171 |
| 決定題名 | ハーリー由来(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | ハーリー由来 |
| 話者名 | 真栄城兼久 |
| 話者名かな | まえしろけんきゅう |
| 生年月日 | 18840329 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村親志 |
| 記録日 | 19770222 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団 |
| 元テープ番号 | 読谷村親志T01B05 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集12上地・親志・都屋の民話 P156 |
| キーワード | 中国,殷の紂王,結婚,花嫁,駕籠,狐,花嫁に化けた,王の妻,王妃,足の骨,酒飲み,七か月の間日照り,七か月の間雨,塩も炊けない,塩なしの食物,天井に塩俵,塩が一番,五月四日のハーリー,魂を迎える,ハーリー行事,ユッカヌヒー,那覇港,泊,久米,垣花,ハーリー競争 |
| 梗概(こうがい) | 昔中国の殷の紂王という名前であられたそうだがね。結婚するときに、昔は花嫁を駕籠に担いで連れてきたでしょう。そのときにおそらく遠かったんでしょうね、担ぐ人が休もうと思って、駕籠を置いて休んでいると、狐がその花嫁をとって除けてね、自分が花嫁に化けて、そうやって騙して、狐が花嫁になりすまして王の妻になったわけ。そうして王妃になった狐は、寒いときにもあっち行ったりこっち来たり、川を越えたり何したりする人を見て、王に、「あれは何のためにそうするのか。ものすごい人が居るね。」と言ったんだ。ほら、その妻はもう殺させて食べようという考えだからね、「さあ、あの人を殺して足の骨を調べてごらん。」と言って、そうして殺させて食べたようだね。また、「酒飲みには酒をいっぱい作って飲ませて死なしなさい。」と言って、殺させて食べるしね。またあるとき、王だからね、「何よりもおいしいのは塩よりほかにはありません。」という人が居たので、「それならあれは、海で腹一杯潮を飲ませて死なしなさい。」と言って、その人を殺させてたんだ。するとその後から七か月の間日照りがあり、七か月の間雨が降り続いたようだ。それで、七か月も雨が降り続いて塩も炊けないからね、その王が召し上がる物にも塩なしの食物を差し上げた。そしたら、これは潮を飲ませて殺した後の話だがね、食事を作るのは男の人だったんだろうね、その王の食事を作る天井に塩俵を置いてあったそうだ。それだけしかないが、雨が降ったので塩が溶けて、王の召し上がる物の上に汁が垂れていたらしい。そしたら、王が、「今日の食物は変わっている。」と言ったら、「いいえ、いつもの通りです。変わりありません。」と我を張って申し上げると、「さあそれなら、ここの上を調べてごらん。」と言われて見ると、そこには小さな塩俵があったそうだ。そうしたら、「あの人の言うことは本当だったんだね。言われる通り塩が一番だ。」と言った。そうして、五月四日のハーリーを漕ぐのは、あの人の魂を迎えるために、ハーリー行事をするようになったそうだよ。ユッカヌヒーにはね、那覇港でね、泊、久米、垣花の三か所がそろって、ハーリー競争をしたそうだよ。それで、言い合いすることに、今でこそ喧嘩はいっぱいあるが、そのころは、喧嘩というのはあんまりなかったから人が喧嘩すると、「あんたとはもうこれまで。もうあんたとはユッカヌヒーだね。」という意味で、ユッカヌヒーと言うわけよ。 |
| 全体の記録時間数 | 3:10 |
| 物語の時間数 | 3:09 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |