ユニス倉(シマグチ)

概要

ひどい旱魃の時、赤犬子の森は湿り気があったのでそこに移動し大登殿内に集まり生活していた。楚辺は水飢饉であちこち移動していた。旅に出るときにはユーバンタで火を焚いて見送っていたが、その煙を見て旅人は旅の心強さを誓ったそうだ。また楚辺部落でお金が流通してない頃、上納として五穀(米、麦、粟・・・)を部落に納めていた。大正7、8年頃、大火事があった時、一人の青年が家出して部落総出で探した。部落では出火が続いていたのでハンジに相談すると楚辺の倉と城間の倉が向かい合うように作りなさいといわれ、その通りにすると楚辺は繁栄した。その倉がユニス倉である。

再生時間:5:34

民話詳細DATA

レコード番号 47O373534
CD番号 47O37C154
決定題名 ユニス倉(シマグチ)
話者がつけた題名 ユーバンタの話
話者名 比嘉清次郎
話者名かな ひがせいじろう
生年月日 19100320
性別
出身地 沖縄県読谷村楚辺
記録日 19770220
記録者の所属組織 読谷村民話調査団
元テープ番号 読谷村楚辺T07A03
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 民俗
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 旱魃,赤犬子,大登殿内,楚辺は水飢饉,旅,ユーバンタ,火,旅人,上納,五穀,大火,一人の青年が家出,ハンジ,楚辺の倉と城間の倉,ユニス倉
梗概(こうがい) ひどい旱魃の時、赤犬子の森は湿り気があったのでそこに移動し大登殿内に集まり生活していた。楚辺は水飢饉であちこち移動していた。旅に出るときにはユーバンタで火を焚いて見送っていたが、その煙を見て旅人は旅の心強さを誓ったそうだ。また楚辺部落でお金が流通してない頃、上納として五穀(米、麦、粟・・・)を部落に納めていた。大正7、8年頃、大火事があった時、一人の青年が家出して部落総出で探した。部落では出火が続いていたのでハンジに相談すると楚辺の倉と城間の倉が向かい合うように作りなさいといわれ、その通りにすると楚辺は繁栄した。その倉がユニス倉である。
全体の記録時間数 5:34
物語の時間数 5:34
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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