位牌というのは、どのようにして作ったかということを私は聞いたよ。これはある支那の国にあったそうです。あそこに一人息子がいたそうだ。父親は死んで、母親一人で育てていたのだが、とても親不孝者であったんでしょうね。昼飯を作るときでも、遅くなったら親に暴力をふるっていた。だから母親は、息子の昼飯を作るのにいつもあわてて、早く作らなければまたぶたれると、恐れていたようだ。そこで、息子が、「私は薪を取りに行くので、昼飯を持って来てね、お母さん。」と言ったので、「そうだったら持って行くさ。」と答えた。そして、息子は山へ木を切りに行った。しかしいつまでたってもお母さんは来る様子がなかった。どうして来ないかといえば、隣からお母さんのところへお客さんが来て、すこしおしゃべりしたので、昼飯作るのを遅れたそうだ。息子は昼飯を待ちかねているのだが、来ないものだから、「親が来たらぶってやろう。」ととても怒って、山で寝ていたそうである。そうしているうちに、烏が他所から虫をくわえてきて、親はもう羽がぬけて飛べないので、子供が親に虫をあげていた。それを息子は寝ていてそれを見て、「鳥でさえ、こうして親に食べ物を捜してあげている。」と感心し見て反省したようだ。「私はもうお母さんをあわてさせたり、暴力をふるったりしたのはいけなかった。大変な親不孝をしてきた。私が今までやってきたことは悪かった。」と反省して休んでいた。そこへ、お母さんは、「もうきょうも遅くなっているし、またひどく怒られるね。」とあわてて来たようだ。山はすこし坂になっているので、もう母親は昼飯を持ってあわてていた。息子は、「もう来るだろうね。」と登ってこない途中で迎えに行ったようだ。そうするうちに、母親はもうあわてて、「またぶたれるね。」と急いていると、けいれんをおこして、そこにあった川の下に流れていき、そこの深い池に落ちてしまった。もう深い池だから、探しても探すことも出来ない。もう日が暮れて夜になっても探せなかったので翌朝探しに行った。どうしているかと心配して来たが、それでも見つからなかった。そこに板切れが落ちていたそうだ。もう私のお母さんは見つからないので、もうそのままそこで死んだのだろう。板切れでも持って行って、家で飾ることにしようと、家で飾ったそうだ。それから後、持ってきた板は古かったので、綺麗な新しい板と取り替えて、位牌を作った。そして、いつもそれを飾って、「私の親はこれなんだ。」と拝んでいた。古くなったらまた取り替えたりして、位牌というのはこういうことから出た。その話を私は聞いた。
| レコード番号 | 47O373417 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C149 |
| 決定題名 | 位牌由来(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | 位牌由来 |
| 話者名 | 比嘉朝明 |
| 話者名かな | ひがちょうめい |
| 生年月日 | 19000108 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村楚辺 |
| 記録日 | 19770220 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団 |
| 元テープ番号 | 読谷村楚辺T03B04 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 夕食後に父親から話を聞かされた。 |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集11楚辺の民話 P240 |
| キーワード | 位牌,支那の国,一人息子,父親,母親,親不孝者,親に暴力,薪取り,烏,虫,子供が親に虫をあげていた,反省,川,板切れ, |
| 梗概(こうがい) | 位牌というのは、どのようにして作ったかということを私は聞いたよ。これはある支那の国にあったそうです。あそこに一人息子がいたそうだ。父親は死んで、母親一人で育てていたのだが、とても親不孝者であったんでしょうね。昼飯を作るときでも、遅くなったら親に暴力をふるっていた。だから母親は、息子の昼飯を作るのにいつもあわてて、早く作らなければまたぶたれると、恐れていたようだ。そこで、息子が、「私は薪を取りに行くので、昼飯を持って来てね、お母さん。」と言ったので、「そうだったら持って行くさ。」と答えた。そして、息子は山へ木を切りに行った。しかしいつまでたってもお母さんは来る様子がなかった。どうして来ないかといえば、隣からお母さんのところへお客さんが来て、すこしおしゃべりしたので、昼飯作るのを遅れたそうだ。息子は昼飯を待ちかねているのだが、来ないものだから、「親が来たらぶってやろう。」ととても怒って、山で寝ていたそうである。そうしているうちに、烏が他所から虫をくわえてきて、親はもう羽がぬけて飛べないので、子供が親に虫をあげていた。それを息子は寝ていてそれを見て、「鳥でさえ、こうして親に食べ物を捜してあげている。」と感心し見て反省したようだ。「私はもうお母さんをあわてさせたり、暴力をふるったりしたのはいけなかった。大変な親不孝をしてきた。私が今までやってきたことは悪かった。」と反省して休んでいた。そこへ、お母さんは、「もうきょうも遅くなっているし、またひどく怒られるね。」とあわてて来たようだ。山はすこし坂になっているので、もう母親は昼飯を持ってあわてていた。息子は、「もう来るだろうね。」と登ってこない途中で迎えに行ったようだ。そうするうちに、母親はもうあわてて、「またぶたれるね。」と急いていると、けいれんをおこして、そこにあった川の下に流れていき、そこの深い池に落ちてしまった。もう深い池だから、探しても探すことも出来ない。もう日が暮れて夜になっても探せなかったので翌朝探しに行った。どうしているかと心配して来たが、それでも見つからなかった。そこに板切れが落ちていたそうだ。もう私のお母さんは見つからないので、もうそのままそこで死んだのだろう。板切れでも持って行って、家で飾ることにしようと、家で飾ったそうだ。それから後、持ってきた板は古かったので、綺麗な新しい板と取り替えて、位牌を作った。そして、いつもそれを飾って、「私の親はこれなんだ。」と拝んでいた。古くなったらまた取り替えたりして、位牌というのはこういうことから出た。その話を私は聞いた。 |
| 全体の記録時間数 | 5:28 |
| 物語の時間数 | 5:28 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |