喜屋武ミーぐゎーは読谷の人かね。比謝矼(ひじゃばし)にいたよ。私たちがわかるまでに喜屋武(ちゃん)ミーぐゎーという人はいらっしゃったけどね、それはたいへん武士だったって、空手の上手な武士だったという話は聞いているけどね。農林学校といって、もとは嘉手納にあったさーね。そこの農林学校の生徒たちが武士(空手)を習いたいといって、習いにといって、習いにはよくこの比謝矼に来よったってよ。そういう話を聞いたさ。そして奥さんはとっても美人(ちゅらかーぎー)で、もう本当の侍の奥さんみたようだったけど、その人はね、親が嫁にはやらんと言ったんだろうね。そしたらその女の子を自分の脇にかかえてぱっと飛んでからによ。くばがあるさーね、くばの木、あれにこうひっさがってよ、あれにさがってそして家に飛んで、また家から家に飛んで自分の家に連れて来たんだってよという話をね、聞いたよ。それから、あのね、那覇のトゥンドービヨーというのがあるさね。トゥンドービヨー、今のね、港湾、港の港湾職人ね。港で荷物おろしたり、船が着いたら荷物がおりてくるさーね。それを倉庫に運んだりなんかするさ。それをね、昔はあまり倉庫がないから、港からすぐ県の倉庫に入れよったのかね。それで喜屋武(ちゃん)ミーぐゎーは背が低くて小柄な人だったって、そしたらね、豆俵、豆はみんな輸入だから船からおろしてあるさーね。おろしてあったら、大きな太い大男たちがこれをかついで馬車に積むのをね、これを見ていて黙って立っていたわけって、そしたらね「いゃーや、小人(くーちゅ)ぐゎーや、いゃーが何(ぬー)んならんさ。あまんかいどぅけー。」と言われても黙っていたって。体は大きくしていても昔の豆俵っていうたら、もう百斤(ひゃっき)くらいなー入るからね。今のね、三斗一俵(さんとぅいっぷう)と言いよったから、三斗(さんとぅ)な五斗(ごとぅ)なー入っている俵をかついで馬車に乗っけるのにもうたいへんさーね。そしたら、あんまり見ていてもあせるから、その喜屋武ミーぐゎーが「どきなさい。」いうてどけて、この俵を取って投げてね、馬車の上に、投げるだけでちゃんとこう並んでよ、積めて分けて、馬車にね。そしたらそれから皆、トゥンドービヨーの人たちがこわがっていたという話を聞いたよ。
| レコード番号 | 47O372691 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C117 |
| 決定題名 | 喜屋武ミーぐゎー(シマグチ混) |
| 話者がつけた題名 | 喜屋武ミーぐゎー |
| 話者名 | 与儀トシ |
| 話者名かな | よぎとし |
| 生年月日 | 19090411 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村波平 |
| 記録日 | 19851220 |
| 記録者の所属組織 | ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村波平T05A15 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 笑話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 子どもの頃、おじいさんに聞かされた。 |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集9波平の民話 P95 |
| キーワード | 喜屋武ミーぐゎー,読谷の人,比謝矼,空手の上手な武士,農林学校,嘉手納,奥さんは美人,脇,、那覇のトゥンドービヨー,背が低くて小柄,馬車 |
| 梗概(こうがい) | 喜屋武ミーぐゎーは読谷の人かね。比謝矼(ひじゃばし)にいたよ。私たちがわかるまでに喜屋武(ちゃん)ミーぐゎーという人はいらっしゃったけどね、それはたいへん武士だったって、空手の上手な武士だったという話は聞いているけどね。農林学校といって、もとは嘉手納にあったさーね。そこの農林学校の生徒たちが武士(空手)を習いたいといって、習いにといって、習いにはよくこの比謝矼に来よったってよ。そういう話を聞いたさ。そして奥さんはとっても美人(ちゅらかーぎー)で、もう本当の侍の奥さんみたようだったけど、その人はね、親が嫁にはやらんと言ったんだろうね。そしたらその女の子を自分の脇にかかえてぱっと飛んでからによ。くばがあるさーね、くばの木、あれにこうひっさがってよ、あれにさがってそして家に飛んで、また家から家に飛んで自分の家に連れて来たんだってよという話をね、聞いたよ。それから、あのね、那覇のトゥンドービヨーというのがあるさね。トゥンドービヨー、今のね、港湾、港の港湾職人ね。港で荷物おろしたり、船が着いたら荷物がおりてくるさーね。それを倉庫に運んだりなんかするさ。それをね、昔はあまり倉庫がないから、港からすぐ県の倉庫に入れよったのかね。それで喜屋武(ちゃん)ミーぐゎーは背が低くて小柄な人だったって、そしたらね、豆俵、豆はみんな輸入だから船からおろしてあるさーね。おろしてあったら、大きな太い大男たちがこれをかついで馬車に積むのをね、これを見ていて黙って立っていたわけって、そしたらね「いゃーや、小人(くーちゅ)ぐゎーや、いゃーが何(ぬー)んならんさ。あまんかいどぅけー。」と言われても黙っていたって。体は大きくしていても昔の豆俵っていうたら、もう百斤(ひゃっき)くらいなー入るからね。今のね、三斗一俵(さんとぅいっぷう)と言いよったから、三斗(さんとぅ)な五斗(ごとぅ)なー入っている俵をかついで馬車に乗っけるのにもうたいへんさーね。そしたら、あんまり見ていてもあせるから、その喜屋武ミーぐゎーが「どきなさい。」いうてどけて、この俵を取って投げてね、馬車の上に、投げるだけでちゃんとこう並んでよ、積めて分けて、馬車にね。そしたらそれから皆、トゥンドービヨーの人たちがこわがっていたという話を聞いたよ。 |
| 全体の記録時間数 | 4:06 |
| 物語の時間数 | 4:06 |
| 言語識別 | 混在 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |