たびあるごとにぺークーを呼び寄せ、そして御殿の中に招いた。もう、二人は碁を打つと夢中になって、王様はペークーの首などに足をかけたりし、またぺークーも王様の首などに足をかけたりしたようだ。そうしたら、側にいた役人たちは恐り王様の首に足をかける奴は殺してやると、太刀を扱いだ。「王様にそのようなことをして、奴は許してはおけない。不届き者だ。」「私はそういうふうにされたというのは、皆さんの見間違いだろう。私はそういうふうにされた憶えはない。また、彼は私に足をもたげるような人ではない。」と言って王様が返答したので、「そうですか。」と言って、そのままで済んだ。それ程、渡嘉敷ぺークーという方は、頭のきれる人であった。
低頭門‥‥(渡嘉敷ぺークーは)もうお金を儲けることはできたが、嘘がつけなかった。船手役から(解
任されて)、北谷に田舎降りした。降りて来たので、家は小さな家を造った。知恵があったので、門は西方からも東方からも大きく造った。家の軒は、人間がかがんでしか入れないぐらい低く造ってあった。王様は、道中は鞍をかけた馬にまたがって来たが、門からはかがんで入るようにした。「あーあー、王様は私におじぎをなさっているんですか。私はそういうつもりではありませんよ。それは、かくかくしかじかでわざわざそういうふうにしてあります。ただ造ったら、そういうふうになりました。」と、すぐに謝った。「そうか、そうであったのかぺークー。」「その通りでございます。」。そのぺークーという人は、それ程頭が切れたそうです。
尾類金返済‥‥船手役人というのは、唐船などの船の出航に際しての監視をする役で、そのもっとも上役
であった。船手役人になると、(明治時代のお金のように)ハジシで計算したそうです。それは穴のあいた硬貨で、一里銭等……。ハジシで計算する。お金はたくさんあって、女郎をひんぱんに呼んだそうだ。そして、その船手役人をやめさせられたので、お金は全くなくなって、もう貧乏になった。そこで、彼女が本当の尾類であれば、彼の友達であるから、大変懇意の仲であるから、それで、彼の家にも尾類の家にも通った。「私は、もと船手役人で、お金がもうどれだけあれば、もとの船手役人にもどることができ、前の暮しをすることができると思っているよ。」と、友達の所へ行って泣き乞いをした。それで、この友達はその尾類と仲睦まじいので、友達は「もうこうこうで(渡嘉敷ぺークーとは)友達であるので、あなたはお金はあるので、彼にお金を返して、またもとの船手役人にさせてもらえないかねー。」と、友達が頼んだので、結局彼女は承知して、貯えた金をぺークーに返したという。返したから、それからぺークーは全く尾類の所へ通わなかったそうだ。そういうことで、ぺークーただ一人だけが尾類にあげた金を取り返したのであって、その他には尾類にお金をあげて、取り返したという人はいないということだ。
| レコード番号 | 47O372667 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C116 |
| 決定題名 | 渡嘉敷ペークー(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | 渡嘉敷ペークー |
| 話者名 | 比嘉幸太郎 |
| 話者名かな | ひがこうたろう |
| 生年月日 | 18940223 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村波平 |
| 記録日 | 19770813 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第5班 |
| 元テープ番号 | 読谷村波平T04B03 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 笑話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 主に村の年寄りから聞いた。 |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集9波平の民話 P69 |
| キーワード | ぺークー,御殿,碁,王様,船手役,北谷に田舎降り,小さな家,門,軒,女郎 |
| 梗概(こうがい) | たびあるごとにぺークーを呼び寄せ、そして御殿の中に招いた。もう、二人は碁を打つと夢中になって、王様はペークーの首などに足をかけたりし、またぺークーも王様の首などに足をかけたりしたようだ。そうしたら、側にいた役人たちは恐り王様の首に足をかける奴は殺してやると、太刀を扱いだ。「王様にそのようなことをして、奴は許してはおけない。不届き者だ。」「私はそういうふうにされたというのは、皆さんの見間違いだろう。私はそういうふうにされた憶えはない。また、彼は私に足をもたげるような人ではない。」と言って王様が返答したので、「そうですか。」と言って、そのままで済んだ。それ程、渡嘉敷ぺークーという方は、頭のきれる人であった。 低頭門‥‥(渡嘉敷ぺークーは)もうお金を儲けることはできたが、嘘がつけなかった。船手役から(解 任されて)、北谷に田舎降りした。降りて来たので、家は小さな家を造った。知恵があったので、門は西方からも東方からも大きく造った。家の軒は、人間がかがんでしか入れないぐらい低く造ってあった。王様は、道中は鞍をかけた馬にまたがって来たが、門からはかがんで入るようにした。「あーあー、王様は私におじぎをなさっているんですか。私はそういうつもりではありませんよ。それは、かくかくしかじかでわざわざそういうふうにしてあります。ただ造ったら、そういうふうになりました。」と、すぐに謝った。「そうか、そうであったのかぺークー。」「その通りでございます。」。そのぺークーという人は、それ程頭が切れたそうです。 尾類金返済‥‥船手役人というのは、唐船などの船の出航に際しての監視をする役で、そのもっとも上役 であった。船手役人になると、(明治時代のお金のように)ハジシで計算したそうです。それは穴のあいた硬貨で、一里銭等……。ハジシで計算する。お金はたくさんあって、女郎をひんぱんに呼んだそうだ。そして、その船手役人をやめさせられたので、お金は全くなくなって、もう貧乏になった。そこで、彼女が本当の尾類であれば、彼の友達であるから、大変懇意の仲であるから、それで、彼の家にも尾類の家にも通った。「私は、もと船手役人で、お金がもうどれだけあれば、もとの船手役人にもどることができ、前の暮しをすることができると思っているよ。」と、友達の所へ行って泣き乞いをした。それで、この友達はその尾類と仲睦まじいので、友達は「もうこうこうで(渡嘉敷ぺークーとは)友達であるので、あなたはお金はあるので、彼にお金を返して、またもとの船手役人にさせてもらえないかねー。」と、友達が頼んだので、結局彼女は承知して、貯えた金をぺークーに返したという。返したから、それからぺークーは全く尾類の所へ通わなかったそうだ。そういうことで、ぺークーただ一人だけが尾類にあげた金を取り返したのであって、その他には尾類にお金をあげて、取り返したという人はいないということだ。 |
| 全体の記録時間数 | 4:04 |
| 物語の時間数 | 4:04 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |