喜屋武ミーぐゎー(シマグチ)

概要

喜屋武ミーぐゎーという方は、本当は喜屋武ミーぐゎーではなく、世間の人が呼びやすいようにそう言ったようだ。だけど、その人が若い時にはどのくらいの力があったかというと、屋良の林堂の娘を妻にするとか、させないとかいうことで、屋良の若者たちが集まって(娘を)かくまっていたそうだ。しかし(喜屋武ミーぐゎーが娘を)そこから抱きかかえ、脇にかかえ、この家からあの家へ飛んで行ったそうだ。もう屋良の青年もそれを許したそうだ。その後のことは、どうだったかということは分からないが、もう十年、二十年も経った後、この人は比謝矼に住んでいた。そこから那覇の会社に砂糖を積んで運んでいたが、七、八丁の砂糖をわけなくまるで子どもたちでも降ろすかのように、砂糖を降ろしていた。会社の人はたくさんいて、じっと見ていたが、「何という人か、あのように簡単にやるとは。」「あれは沖縄の喜屋武ミーぐゎーという人だよ。」そのときからもう物言う人もいなかったという話を聞いているよ。

再生時間:1:43

民話詳細DATA

レコード番号 47O372526
CD番号 47O37C111
決定題名 喜屋武ミーぐゎー(シマグチ)
話者がつけた題名 喜屋武ミーぐゎー
話者名 比嘉幸太郎
話者名かな ひがこうたろう
生年月日 18940123
性別
出身地 沖縄県読谷村波平
記録日 19770220
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第1班
元テープ番号 読谷村波平T01A07
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集9波平の民話 P93
キーワード 喜屋武ミーぐゎー,屋良の林堂の娘を妻,屋良の青年,比謝矼,那覇の会社,砂糖運搬
梗概(こうがい) 喜屋武ミーぐゎーという方は、本当は喜屋武ミーぐゎーではなく、世間の人が呼びやすいようにそう言ったようだ。だけど、その人が若い時にはどのくらいの力があったかというと、屋良の林堂の娘を妻にするとか、させないとかいうことで、屋良の若者たちが集まって(娘を)かくまっていたそうだ。しかし(喜屋武ミーぐゎーが娘を)そこから抱きかかえ、脇にかかえ、この家からあの家へ飛んで行ったそうだ。もう屋良の青年もそれを許したそうだ。その後のことは、どうだったかということは分からないが、もう十年、二十年も経った後、この人は比謝矼に住んでいた。そこから那覇の会社に砂糖を積んで運んでいたが、七、八丁の砂糖をわけなくまるで子どもたちでも降ろすかのように、砂糖を降ろしていた。会社の人はたくさんいて、じっと見ていたが、「何という人か、あのように簡単にやるとは。」「あれは沖縄の喜屋武ミーぐゎーという人だよ。」そのときからもう物言う人もいなかったという話を聞いているよ。
全体の記録時間数 1:43
物語の時間数 1:43
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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