吉屋チルー(共通語)

概要

比謝橋を渡って、尾類に売られて行く時に、「比謝橋の橋は 私を渡そうと思って 情のない人が 造っておいてあるよ。」と。それから、もう辻に親父と一緒に行って、金も受け取った。(売られたわけだ。)それから辻では、どんなにきれいで金持ちであっても、歌を返す者には(喜んで呼ばれて)、返さない人にはどんなに金を持っていても(受け入れなかった。)アンマーがはチルーに(お客をまわしてもね。)(歌を)返す者には、呼ばれていたらしいですね。それが歌の「流れている水に 桜の花を浮かべてみたら、あまりの美しさに すくってみた。」それから若い十七、八の青年に、「そんなに高い木の上に 下駄をはいて登っているけど 落ちたら大変なことだよ あまりにも若い青年よ。」「吉屋(ゆしや)チルーは 年は上でも 抱けば下になる 女子供だよ。」というふうに歌が返せる者には(呼ばれた。)そういうふうにしていたのだが、しまいには、非常に金持ちであるが、病気を持っている人がいたらしい。病気の人に呼ばれ、明くる日それが分かり、吉屋チルー(注 )は死んだらしい。

再生時間:2:53

民話詳細DATA

レコード番号 47O372496
CD番号 47O37C109
決定題名 吉屋チルー(共通語)
話者がつけた題名 吉屋チルー
話者名 奥原崇善
話者名かな おくはらそうぜん
生年月日 18990410
性別
出身地 沖縄県読谷村高志保
記録日 19850228
記録者の所属組織 読谷村ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村高志保T08A02
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情 10歳頃、お祖父さんがお父さんから聞いた。
文字化資料 読谷村民話資料集8高志保の民話 P152
キーワード 比謝橋,尾類,辻,吉屋チルー
梗概(こうがい) 比謝橋を渡って、尾類に売られて行く時に、「比謝橋の橋は 私を渡そうと思って 情のない人が 造っておいてあるよ。」と。それから、もう辻に親父と一緒に行って、金も受け取った。(売られたわけだ。)それから辻では、どんなにきれいで金持ちであっても、歌を返す者には(喜んで呼ばれて)、返さない人にはどんなに金を持っていても(受け入れなかった。)アンマーがはチルーに(お客をまわしてもね。)(歌を)返す者には、呼ばれていたらしいですね。それが歌の「流れている水に 桜の花を浮かべてみたら、あまりの美しさに すくってみた。」それから若い十七、八の青年に、「そんなに高い木の上に 下駄をはいて登っているけど 落ちたら大変なことだよ あまりにも若い青年よ。」「吉屋(ゆしや)チルーは 年は上でも 抱けば下になる 女子供だよ。」というふうに歌が返せる者には(呼ばれた。)そういうふうにしていたのだが、しまいには、非常に金持ちであるが、病気を持っている人がいたらしい。病気の人に呼ばれ、明くる日それが分かり、吉屋チルー(注 )は死んだらしい。
全体の記録時間数 2:53
物語の時間数 2:53
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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