多幸山(たこうやま)フェーライといっていたでしょう。あれはもう私達が、親とか親戚方のおじさん、おばさんから聞いた話であって、本当にあったことかないことか、まあ分かりませんがよー。あれは多幸山のフェーライが、読谷山(ゆんたんじゃ)向こうは、あの昔は読谷山(ゆんたんじゃ)多幸山(たこうやま)って、多幸山は読谷(よみたん)のものであって。多幸山のフェーライというものは、昔ぇ、那覇(なは)からこの侍さん方町民の方々が、国頭山原(やんばる)に用事があったりして、もう那覇から那覇のあっちからまあ国頭(くんじゃん)奥山(うくやま)といってまあ昔は国頭(くにがみ)、国頭(くんじゃん)奥(うく)かいる旅に行きよったそうですね。それで、まあ那覇から国頭に行く場合は、一泊は読谷の喜名(きな)か、楚辺(そべ)、この読谷部落で一泊してから、恩納村に、山原(やんばる)に行った方がいいんじゃないかという昔話は、あの山原に行く人達にそういう話もあったらしいですね。那覇から山原に行く場合は、もう一日では行かれないから、一泊は一晩は読谷の喜名とか座喜味(ざきみ)に、泊まって行った方がいいよという話は、聞いたが。その聞いている人は、「今は大丈夫でしょう。もう一泊もしないで、多幸山も越えて行こうか。」という、そういう気持ちをもって、行く人がおったらしいですね。そしたら行く人は、昔は荷物なんかは肩に担がないで、もう頭に載せて山原に行きよったそうですよ。で、多幸山という高い山に、フェーライは高い山の中に隠れているって。で、旅(たび)ん人(ちゅ)はフェーライのいることも分からないで、こそこそと荷物も頭の上に載っかけていたらしいですね。そしてそのフェーライは、向こうから旅人が来るから、あれ持っているのを全部もう盗ろうじゃないかといって、隠れておってあの山の上から荷物をこう背負っているから、山の上から荷物を盗ったら、盗られた人はいたという。高い山ですから追っかけて行くわけにもいかないし。で、多幸山というものは、フェーライ、乱暴もすれば物を盛る。フェーライをあれやって、向こう山原行く時には、多幸山の多幸山行かん手前の、読谷山(ゆんたんじゃ)喜名(きな)部落と座喜味(ざきみ)部落に、一泊してから行きなさいよという話は聞かされているんだが。行く人は平気だったら、もうそんなことあるか、行きなさいと、行く人はもう必ずフェーライに荷物なんか盗られたようなことを言っていた。で、あれは多幸山は、読谷山多幸(ゆんたんじゃたこう)、今でも多幸山といってあるんですがね。多幸山のフェーライ、物盗りが多かった。
| レコード番号 | 47O372466 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C108 |
| 決定題名 | 多幸山フェーレー(共通語) |
| 話者がつけた題名 | 多幸山フェーレー |
| 話者名 | 大城利徳 |
| 話者名かな | おおしろりとく |
| 生年月日 | 19080424 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村高志保 |
| 記録日 | 19850224 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村高志保T07A01 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集8高志保の民話 P149 |
| キーワード | 多幸山フェーライ,読谷山,那覇から国頭山原,物盗り |
| 梗概(こうがい) | 多幸山(たこうやま)フェーライといっていたでしょう。あれはもう私達が、親とか親戚方のおじさん、おばさんから聞いた話であって、本当にあったことかないことか、まあ分かりませんがよー。あれは多幸山のフェーライが、読谷山(ゆんたんじゃ)向こうは、あの昔は読谷山(ゆんたんじゃ)多幸山(たこうやま)って、多幸山は読谷(よみたん)のものであって。多幸山のフェーライというものは、昔ぇ、那覇(なは)からこの侍さん方町民の方々が、国頭山原(やんばる)に用事があったりして、もう那覇から那覇のあっちからまあ国頭(くんじゃん)奥山(うくやま)といってまあ昔は国頭(くにがみ)、国頭(くんじゃん)奥(うく)かいる旅に行きよったそうですね。それで、まあ那覇から国頭に行く場合は、一泊は読谷の喜名(きな)か、楚辺(そべ)、この読谷部落で一泊してから、恩納村に、山原(やんばる)に行った方がいいんじゃないかという昔話は、あの山原に行く人達にそういう話もあったらしいですね。那覇から山原に行く場合は、もう一日では行かれないから、一泊は一晩は読谷の喜名とか座喜味(ざきみ)に、泊まって行った方がいいよという話は、聞いたが。その聞いている人は、「今は大丈夫でしょう。もう一泊もしないで、多幸山も越えて行こうか。」という、そういう気持ちをもって、行く人がおったらしいですね。そしたら行く人は、昔は荷物なんかは肩に担がないで、もう頭に載せて山原に行きよったそうですよ。で、多幸山という高い山に、フェーライは高い山の中に隠れているって。で、旅(たび)ん人(ちゅ)はフェーライのいることも分からないで、こそこそと荷物も頭の上に載っかけていたらしいですね。そしてそのフェーライは、向こうから旅人が来るから、あれ持っているのを全部もう盗ろうじゃないかといって、隠れておってあの山の上から荷物をこう背負っているから、山の上から荷物を盗ったら、盗られた人はいたという。高い山ですから追っかけて行くわけにもいかないし。で、多幸山というものは、フェーライ、乱暴もすれば物を盛る。フェーライをあれやって、向こう山原行く時には、多幸山の多幸山行かん手前の、読谷山(ゆんたんじゃ)喜名(きな)部落と座喜味(ざきみ)部落に、一泊してから行きなさいよという話は聞かされているんだが。行く人は平気だったら、もうそんなことあるか、行きなさいと、行く人はもう必ずフェーライに荷物なんか盗られたようなことを言っていた。で、あれは多幸山は、読谷山多幸(ゆんたんじゃたこう)、今でも多幸山といってあるんですがね。多幸山のフェーライ、物盗りが多かった。 |
| 全体の記録時間数 | 4:37 |
| 物語の時間数 | 4:37 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |