花売りの縁(シマグチ)

概要

(千代松が)七、八才になって物心つくようになったので、必ず父親は何処かにいる。親に会いたいと、朝夕泣いて暮らしていた。ウミチルーは、夫はああなっていても、良い旦那について日々の暮らしは千代松と二人幸せに暮らしているが、朝夕これが泣いて暮らしているのを見て心が痛く、聞けば国頭、津覇村んかい(森川の子は)住まっていると聞いているので親子で捜して行くよ。途中で猿ひきに会ったので、猿ひきに聞いたようだ。「ねえ猿ひき、首里方の侍、森川の子どのようななりゆきでいるのですか。」と、この女が問うたので「私は久志、辺野古の者なのでこの辺の様子はあまり分かりません。あの薪取りに尋ねて下さい。」と猿ひきは言った。薪取りに「ねえ薪取り、首里方面の侍、森川の子はどうなっているのですか?」と女は言った。また、千代松も、「毎日が大変つらくて耐えることが出来ません。どうかお情けと思って知っている分をお聞かせ下さい。」と、薪取りのおじいさんにお願いをした。「貴方がた二人の顔をみてみれば、森川の子の御由緒方の御様子、森川の子という人は、二、三年前まではこの浜で暮らしていました。森川の子は侍としての威厳をりっぱに保ち、人をそしらず、人にもそしられず、男の中の男でありました。そうでしたが、あゝあの人の言った言葉に、人間は生まれていて、呑気に暮らしている暇はないという話をしていました。花を植えれば風が吹き、潮を焚けば雨が降りと、どうしようもなく途方にくれた様子でありました。その年の八月十五夜の月ながめの時、歌問答した歌があります。「あんなに美しく照る十五夜の月も 雲に隠されて上がれずにいるよ。」と、歌がありますが、その後は生きているのか、死んでいるのか、行方が分かりません。あちらこちらに続くあの川、国頭、浜の村に行ってそこに隠れているのかね。急ごう、急ごうと行った。国頭、浜で、そこに森川の子が出てきて、「わたしが森川の子、世間、御万人の栄枯盛衰は、夏と冬のように変わるものである。頼るところがあれば音信も聞くことができるのに、天から授けられたその生まれだと泣いてもしようがない。毎日を生きるためには、命をつなぐために働かなければならない。」と、花を売りに行くよ。森川の子は。母親が千代松に「ねえ、千代松、あの花売りに梅の花を一枝下さい。」と言いなさいと。千代松が「ねえ花売り、梅の花を一枝下さい。」と言うと、「幸せなことだ。作ってあげよう。」それで、花を売っている間はだいたい妻が察したようだ。千代松は分からない。「花売りの踊り、ひとつ踊って見せて下さい。」と千代松が願うと、「幸せなことだ。踊って見せよう。」とその踊り、花売りの踊りをやるよ。その時にはもう千代松も分かったので、(森川の子は)隠れてしまった。隠れたので、母親と二人で、「首里があんなことになって、私と千代松と二人貴方はいなくなっても、いい人の世話になって幸せに暮らしているが、千代松が朝夕泣いて暮らしているのは心が痛く捜しに来ているのですよ。首里もおちついたので、親子共々首里で暮らそう。」という話である。

再生時間:5:13

民話詳細DATA

レコード番号 47O372449
CD番号 47O37C106
決定題名 花売りの縁(シマグチ)
話者がつけた題名 森川の子
話者名 比嘉徳太郎
話者名かな ひがとくたろう
生年月日 18920102
性別
出身地 沖縄県読谷村高志保
記録日 19770814
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第11班
元テープ番号 読谷村高志保T05B03
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集8高志保の民話 P157
キーワード 千代松,ウミチルー,国頭津覇村,猿ひき,森川の子,花売り
梗概(こうがい) (千代松が)七、八才になって物心つくようになったので、必ず父親は何処かにいる。親に会いたいと、朝夕泣いて暮らしていた。ウミチルーは、夫はああなっていても、良い旦那について日々の暮らしは千代松と二人幸せに暮らしているが、朝夕これが泣いて暮らしているのを見て心が痛く、聞けば国頭、津覇村んかい(森川の子は)住まっていると聞いているので親子で捜して行くよ。途中で猿ひきに会ったので、猿ひきに聞いたようだ。「ねえ猿ひき、首里方の侍、森川の子どのようななりゆきでいるのですか。」と、この女が問うたので「私は久志、辺野古の者なのでこの辺の様子はあまり分かりません。あの薪取りに尋ねて下さい。」と猿ひきは言った。薪取りに「ねえ薪取り、首里方面の侍、森川の子はどうなっているのですか?」と女は言った。また、千代松も、「毎日が大変つらくて耐えることが出来ません。どうかお情けと思って知っている分をお聞かせ下さい。」と、薪取りのおじいさんにお願いをした。「貴方がた二人の顔をみてみれば、森川の子の御由緒方の御様子、森川の子という人は、二、三年前まではこの浜で暮らしていました。森川の子は侍としての威厳をりっぱに保ち、人をそしらず、人にもそしられず、男の中の男でありました。そうでしたが、あゝあの人の言った言葉に、人間は生まれていて、呑気に暮らしている暇はないという話をしていました。花を植えれば風が吹き、潮を焚けば雨が降りと、どうしようもなく途方にくれた様子でありました。その年の八月十五夜の月ながめの時、歌問答した歌があります。「あんなに美しく照る十五夜の月も 雲に隠されて上がれずにいるよ。」と、歌がありますが、その後は生きているのか、死んでいるのか、行方が分かりません。あちらこちらに続くあの川、国頭、浜の村に行ってそこに隠れているのかね。急ごう、急ごうと行った。国頭、浜で、そこに森川の子が出てきて、「わたしが森川の子、世間、御万人の栄枯盛衰は、夏と冬のように変わるものである。頼るところがあれば音信も聞くことができるのに、天から授けられたその生まれだと泣いてもしようがない。毎日を生きるためには、命をつなぐために働かなければならない。」と、花を売りに行くよ。森川の子は。母親が千代松に「ねえ、千代松、あの花売りに梅の花を一枝下さい。」と言いなさいと。千代松が「ねえ花売り、梅の花を一枝下さい。」と言うと、「幸せなことだ。作ってあげよう。」それで、花を売っている間はだいたい妻が察したようだ。千代松は分からない。「花売りの踊り、ひとつ踊って見せて下さい。」と千代松が願うと、「幸せなことだ。踊って見せよう。」とその踊り、花売りの踊りをやるよ。その時にはもう千代松も分かったので、(森川の子は)隠れてしまった。隠れたので、母親と二人で、「首里があんなことになって、私と千代松と二人貴方はいなくなっても、いい人の世話になって幸せに暮らしているが、千代松が朝夕泣いて暮らしているのは心が痛く捜しに来ているのですよ。首里もおちついたので、親子共々首里で暮らそう。」という話である。
全体の記録時間数 5:13
物語の時間数 5:13
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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