ほんとうはアマンシャナーの考えで、首里城に、護佐丸がここに戦いを挑むために、獣道具、刃物の道具を作っていると告げると、まさか護佐丸がそんなことはしないと、王様は言われた。嘘と思うなら、使いをやって(調べてみなさい)と言ったので、使いの者をやった。この森川の子は首里城で勤めている間は西原ぬひやー、いえば下役人よりは上だったようだ。一人行ってはいけない、二人行きなさいと、二人首里城から行かされた。屋慶名アカーと二人で、ジーンマの上で待っていた。首里城の王から護佐丸の様子を見に行かされた。一人は殺されて、「おまえは本当にそうだったと言えるか、言えなければ、おまえも殺すが。」と言われたので、命が惜しくなり、「本当に言います。」とアマンジャナーに返答した。「首里城に本当にそう言います。」と。「獣道具を作っています。」と報告した。(王様は)「あゝそうさせてはいけないので、ここから王の旗を上げて行き、戦いを挑みなさい。」と、護佐丸のところへ戦いをおし寄せた。護佐丸はこう言った。「うむ、私が敵を討つ道具を作るのも、鍛冶をするのも、王に対する獣道具ではなくて、百姓に使わす鍬とかへラを作っているのだ。おまえが嘘と思うなら、私の胸の内を開けて見せよう。」と、護佐丸も妃も切腹して死んでしまった。その時であった。中城若松というのは乳母の乳をあげていた。「その子を私に下さい。」と、子供を抱いて逃げて、今帰仁湧川の按司のところで育てた。中城若松というのがその根本だそうです。そして、今帰仁で成長した。本当はそうではなくて、アマンジャナーの企みであった。しかし護佐丸は自分で切腹、私の胸の内を開けて、真実を見せてあげようと切腹したんでしょう、護佐丸は。そうして、後に、アマンシャナーは首里に戦を挑んだ。すると、そこから追われて来て、アマンジャナーの家来たちは追われて来て、楚辺の戦前の牛モー〈ここにはたくさんの松があった。そこまで逃げて来る間にたくさんの人がつかまえられたので、「憩うございました。」ということでエンミ松ですね。また読谷村大木ですね、アマンジャナーの家来がだいぶ追われて逃げて来た。ある人は、木の穴に入っていたので殺されずに済んだようだ。水は、都屋の上の方に井戸があるよ。都屋ドウクブザーとあるでしょう。その穴の中に入って、住んでいる家来は、都屋ドウクブザーから水を飲んだので、徳のある武士といわれたそうだ。都屋ドウクブザーは、以前は信じていたが、私の世代になってからはそれは信じなくてもいい。都屋ドウクブザーというのはね、とにかく阿麻和利の計らいでこの森川子は脅迫されて嘘の報告をしたわけである。
| レコード番号 | 47O372448 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C106 |
| 決定題名 | 護佐丸と阿麻和利(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 比嘉徳太郎 |
| 話者名かな | ひがとくたろう |
| 生年月日 | 18920102 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村高志保 |
| 記録日 | 19770814 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第11班 |
| 元テープ番号 | 読谷村高志保T05B02 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集8高志保の民話 P166 |
| キーワード | アマンシャナー,首里城,護佐丸が戦,森川の子,首里城,西原ぬひやー,屋慶名アカー,ジーンマ,中城若松,乳母,今帰仁湧川の按司,都屋ドウクブザー |
| 梗概(こうがい) | ほんとうはアマンシャナーの考えで、首里城に、護佐丸がここに戦いを挑むために、獣道具、刃物の道具を作っていると告げると、まさか護佐丸がそんなことはしないと、王様は言われた。嘘と思うなら、使いをやって(調べてみなさい)と言ったので、使いの者をやった。この森川の子は首里城で勤めている間は西原ぬひやー、いえば下役人よりは上だったようだ。一人行ってはいけない、二人行きなさいと、二人首里城から行かされた。屋慶名アカーと二人で、ジーンマの上で待っていた。首里城の王から護佐丸の様子を見に行かされた。一人は殺されて、「おまえは本当にそうだったと言えるか、言えなければ、おまえも殺すが。」と言われたので、命が惜しくなり、「本当に言います。」とアマンジャナーに返答した。「首里城に本当にそう言います。」と。「獣道具を作っています。」と報告した。(王様は)「あゝそうさせてはいけないので、ここから王の旗を上げて行き、戦いを挑みなさい。」と、護佐丸のところへ戦いをおし寄せた。護佐丸はこう言った。「うむ、私が敵を討つ道具を作るのも、鍛冶をするのも、王に対する獣道具ではなくて、百姓に使わす鍬とかへラを作っているのだ。おまえが嘘と思うなら、私の胸の内を開けて見せよう。」と、護佐丸も妃も切腹して死んでしまった。その時であった。中城若松というのは乳母の乳をあげていた。「その子を私に下さい。」と、子供を抱いて逃げて、今帰仁湧川の按司のところで育てた。中城若松というのがその根本だそうです。そして、今帰仁で成長した。本当はそうではなくて、アマンジャナーの企みであった。しかし護佐丸は自分で切腹、私の胸の内を開けて、真実を見せてあげようと切腹したんでしょう、護佐丸は。そうして、後に、アマンシャナーは首里に戦を挑んだ。すると、そこから追われて来て、アマンジャナーの家来たちは追われて来て、楚辺の戦前の牛モー〈ここにはたくさんの松があった。そこまで逃げて来る間にたくさんの人がつかまえられたので、「憩うございました。」ということでエンミ松ですね。また読谷村大木ですね、アマンジャナーの家来がだいぶ追われて逃げて来た。ある人は、木の穴に入っていたので殺されずに済んだようだ。水は、都屋の上の方に井戸があるよ。都屋ドウクブザーとあるでしょう。その穴の中に入って、住んでいる家来は、都屋ドウクブザーから水を飲んだので、徳のある武士といわれたそうだ。都屋ドウクブザーは、以前は信じていたが、私の世代になってからはそれは信じなくてもいい。都屋ドウクブザーというのはね、とにかく阿麻和利の計らいでこの森川子は脅迫されて嘘の報告をしたわけである。 |
| 全体の記録時間数 | 4:56 |
| 物語の時間数 | 4:56 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |