渡嘉敷ペークーについて簡単に説明すると、彼は無欲の人であった。お弁当を持つとなると米が必要であった。しかし、ペークーには米を買う金がないので、芋を買ってウムニーを食べた。公儀にウムニーを持っていくわけにもいかず、ときたまは持っていったでしょうが、妻と相談して、「芋は炊けているよ。」と旗竿にその印をして伝えた。昼食時間になると、渡嘉敷ペークーは物見台に行き、昼食のンムニーができているかなと知らせの旗印を見ていた。王様は「ペークーはどうして昼になるといつも物見台に上がるのだろう。」と不思議で、王様も上ってみたら、ペークーの家には竿が立ててあった。そして、旗を揚げてない時は昼食はまだできてない。旗を揚げてあれば、「もう昼食はできている。」食事しに行こうということである。それで、ペークー夫婦は、秘密に「昼食はできていますよ。」というふうに合図しあっていた。後には王様もそれに気付いて、旗が揚がると「ペークー、おまえの昼飯はできているよ。」と、声をかけたそうだ。また、王様の碁の相手をやったが、そのときに「王様のものは死んでいるよ。」と悪いことば
を使った。そうすると、摂政三司官から「王様に向かって、王のものは死んでいるとか、後生に、という悪いことば使いは慎みなさい。」とおとがめを受けた。それで、ペークーは、「今度はどうして打ちますか。」と聞くと、「恐れて後に下がって打ちなさい。」と。そして、摂政三司官が、「ハイ、ペークー来い。一緒に碁をやろう。」「ハイ、やりましょう。」と言って、いつも、「ハイ、ハイ。」と打っているのに、その日に限ってずっーと下がっていった。取った玉は高く上げてから、碁を盤の上に置いてまた下がっていった。「それは何のつもりか。」「摂政三司官が恐れいって碁を打ちなさいと命令されてそうやっています。」打ちなさいと王様は「それではおもしろくない。二人向かい合って、パッパッとやった方がおもしろい。誰の言うことも聞くな。私の言うことだけを聞きなさい。」と言われて、もとのようにやったという話である。それから、競馬の話である。読谷にも競馬場が、カタノーとか、楚辺ガニクとか、喜名馬ニーとかあるでしょう。競馬のときに、その名馬をもった人は馬を自慢するでしょう。「まあまあいいが、私の馬ほどではない。」と(ペークーは)言った。「貴方は馬も飼っているのか。」「私のは名馬だよ。」「一、二カ年後に勝負をさせてみましょうか。」ということになった。その後、ペークーは約束の時間になってもなかなか来ない。どうしたのかと思っている時にやって来たので、「ハイ、ペークーの後に続けよ」と言った。そこにはたくさんの名馬がいる中で、渡嘉敷ペークーの馬より先にならなかった。馬をムチでたたいても先にならない。不思議に思って調べてみたら、ペークーが乗っている馬は雌馬だからである。それで雄馬は雌馬より先にはならないわけだね。ペークーはそのようにユーモアな方であった。たくさんの話がある。ペークーの家にある知人が辻町から来て、「貴方の火鉢は上等ですね。」とほめたら、「貴方もらいなさい。その代わり私が来たら、酒をごちそうしてくれ。」と言ったのでそのように約束した。無料でもらっていったら、酒を出すと肴も出さないといけない。今日も、明日もずっと来たら、家計が続かない。おわびをして返したという話である。それから、盗人をいじめたという話もあるが、そのぐらいにしておきましょう。
| レコード番号 | 47O372148 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C092 |
| 決定題名 | 渡嘉敷ぺークー(共通語) |
| 話者がつけた題名 | 渡嘉敷ぺークー |
| 話者名 | 神谷乗慶 |
| 話者名かな | かみやじょうけい |
| 生年月日 | 19040314 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村渡慶次 |
| 記録日 | 19840303 |
| 記録者の所属組織 | 読谷ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村渡慶次T07A01 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 笑話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集7渡慶次の民話 P106 |
| キーワード | 渡嘉敷ペークー,無欲,ウムニー,王様と碁,競馬,名馬,火鉢 |
| 梗概(こうがい) | 渡嘉敷ペークーについて簡単に説明すると、彼は無欲の人であった。お弁当を持つとなると米が必要であった。しかし、ペークーには米を買う金がないので、芋を買ってウムニーを食べた。公儀にウムニーを持っていくわけにもいかず、ときたまは持っていったでしょうが、妻と相談して、「芋は炊けているよ。」と旗竿にその印をして伝えた。昼食時間になると、渡嘉敷ペークーは物見台に行き、昼食のンムニーができているかなと知らせの旗印を見ていた。王様は「ペークーはどうして昼になるといつも物見台に上がるのだろう。」と不思議で、王様も上ってみたら、ペークーの家には竿が立ててあった。そして、旗を揚げてない時は昼食はまだできてない。旗を揚げてあれば、「もう昼食はできている。」食事しに行こうということである。それで、ペークー夫婦は、秘密に「昼食はできていますよ。」というふうに合図しあっていた。後には王様もそれに気付いて、旗が揚がると「ペークー、おまえの昼飯はできているよ。」と、声をかけたそうだ。また、王様の碁の相手をやったが、そのときに「王様のものは死んでいるよ。」と悪いことば を使った。そうすると、摂政三司官から「王様に向かって、王のものは死んでいるとか、後生に、という悪いことば使いは慎みなさい。」とおとがめを受けた。それで、ペークーは、「今度はどうして打ちますか。」と聞くと、「恐れて後に下がって打ちなさい。」と。そして、摂政三司官が、「ハイ、ペークー来い。一緒に碁をやろう。」「ハイ、やりましょう。」と言って、いつも、「ハイ、ハイ。」と打っているのに、その日に限ってずっーと下がっていった。取った玉は高く上げてから、碁を盤の上に置いてまた下がっていった。「それは何のつもりか。」「摂政三司官が恐れいって碁を打ちなさいと命令されてそうやっています。」打ちなさいと王様は「それではおもしろくない。二人向かい合って、パッパッとやった方がおもしろい。誰の言うことも聞くな。私の言うことだけを聞きなさい。」と言われて、もとのようにやったという話である。それから、競馬の話である。読谷にも競馬場が、カタノーとか、楚辺ガニクとか、喜名馬ニーとかあるでしょう。競馬のときに、その名馬をもった人は馬を自慢するでしょう。「まあまあいいが、私の馬ほどではない。」と(ペークーは)言った。「貴方は馬も飼っているのか。」「私のは名馬だよ。」「一、二カ年後に勝負をさせてみましょうか。」ということになった。その後、ペークーは約束の時間になってもなかなか来ない。どうしたのかと思っている時にやって来たので、「ハイ、ペークーの後に続けよ」と言った。そこにはたくさんの名馬がいる中で、渡嘉敷ペークーの馬より先にならなかった。馬をムチでたたいても先にならない。不思議に思って調べてみたら、ペークーが乗っている馬は雌馬だからである。それで雄馬は雌馬より先にはならないわけだね。ペークーはそのようにユーモアな方であった。たくさんの話がある。ペークーの家にある知人が辻町から来て、「貴方の火鉢は上等ですね。」とほめたら、「貴方もらいなさい。その代わり私が来たら、酒をごちそうしてくれ。」と言ったのでそのように約束した。無料でもらっていったら、酒を出すと肴も出さないといけない。今日も、明日もずっと来たら、家計が続かない。おわびをして返したという話である。それから、盗人をいじめたという話もあるが、そのぐらいにしておきましょう。 |
| 全体の記録時間数 | 6:05 |
| 物語の時間数 | 6:05 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |