今、現在でも青年会の方では、七月エイサーというのがあるんですがね。継子念仏というのは、女の親がその継子に非常にきつくあたったのが継子念仏といわれている。今もエイサーはあるんですよ。そのエイサーのほんとの由来記は継子念仏だといわれているんです。母親が死んだあと、その継親がその子をあまりにも粗末に扱い、いつも継子は継親にガミガミいわれていた。近くには兄弟や親戚もなく誰もいなくて行くところもなかった。ただもう行きたい所は、自分の母親が葬られている墓にしか行くところはなかった。その子は、もう継親があんまりガミガミするもんだから、もう墓の方に行った。そして墓の方に行ったら、今度は女の親が幽霊になって出てきた。「なんであなたは今ごろから、後生と現世というのは違うんだからね。今のお母さんの所にちゃんと帰って、親孝行をしなさい。」と。「私は帰りません。帰ったらもう殺されるから帰りません。」ということで、墓の前に寝転んでしまった。それからもう、絶対に帰らないというので、その女は幽霊になって、男の親はいるのだから、男の親の方に行った。そして男の親に、「子供は帰らないというが、どうにかして連れ戻してもらえないか。」ということをいった。男の親は、そういうことだとは分からなかった。その継親が、実際に扱かっているところを、見てはないので分からなかった。あんまりその実の親が幽霊になってくるもんだから男の親はびっくりしてしまった。幽霊になって現れるということは、後生極楽は通ってないということで、大変なことであると、男の親は心配した。これはもうどうにかしなければいけないということで、ススキでサンを作って、そのサンで追い払った。あれは魔除けなんです。そうしたら、その女の親は、しだいに後に下がって逃げて行った。そして、その息子は連れ戻してきて、こうこうだったよと話をして、継親に説教をした。しかしこの死んだ女の親は、もう息子を残してきたということで、いつも子供のことばっかし気にかけて、家と後生を行き来していた。あとはその継親を呪い殺してしまった。 しかし、それでもいつも子供のことが気残りで、自分の子供のことだけしか考えなかった。そこでその子は、自分の母親が後生極楽を通らないということになっては大変だということで。七月、七夕から十五日までの間は、神々をお招きして、「後生極楽させて下さい。もとのりっぱな親にして下さい。」と頼んだ。そして七夕から、十三日、十四日、十五日までは、どこもかも御願をたてて、ようやく後生極楽を通ったということである。そして今度は十五日までには盆を送った。十六日にはエイサーをやるんですよ。エイサーというのは、もう親もちゃんと後生極楽を通ったんだから、もう何の気残りもなく盆を送って楽しくエイサーをやろうということから始まったらしい。あれはほんとは継子念仏といっているんですよ。だからエイサーは、十五日まではウークイ(注3)をして、十六日、十七日にエイサーをするんですよ。祖父母や、父母が、後生極楽を通ったということで、エイサーをやるわけです。七月、七夕とか、左の袖の下から、後生の人がみえるというのは、七月だけである。毎日はないが、この七月、盆には、たしかに後生というのがあるという言い伝えがあるんですがね。その言い伝えの通り、その継子を生んだほんとの母親が、後生極楽を通らないということである。継母が後生極楽を通らないということではない。
そういうことで、継子念仏はあるという。それに付帯して「久高」とか、あるいは別の節のエイサー踊りは、それは本当は継子念仏がエイサーの根本であると言われている。
| レコード番号 | 47O372085 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C090 |
| 決定題名 | 継親念仏(共通語) |
| 話者がつけた題名 | エイサー由来 |
| 話者名 | 山城上光 |
| 話者名かな | やましろじょうこう |
| 生年月日 | 19010902 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村渡慶次 |
| 記録日 | 19770816 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第6班 |
| 元テープ番号 | 読谷村渡慶次T04B01 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 本格昔話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 話を聞くのが好きで幼少の頃、夜寝る前などによく祖父にねだって聞いていた。 |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集7渡慶次の民話 P86 |
| キーワード | 七月エイサー,継子念仏,女の親,継子,墓,男の親,後生極楽,サン,魔除け,七月七夕から十五日,十三日,十四日,十五日に盆,十六日にエイサー,左の袖の下から後生の人がみえる |
| 梗概(こうがい) | 今、現在でも青年会の方では、七月エイサーというのがあるんですがね。継子念仏というのは、女の親がその継子に非常にきつくあたったのが継子念仏といわれている。今もエイサーはあるんですよ。そのエイサーのほんとの由来記は継子念仏だといわれているんです。母親が死んだあと、その継親がその子をあまりにも粗末に扱い、いつも継子は継親にガミガミいわれていた。近くには兄弟や親戚もなく誰もいなくて行くところもなかった。ただもう行きたい所は、自分の母親が葬られている墓にしか行くところはなかった。その子は、もう継親があんまりガミガミするもんだから、もう墓の方に行った。そして墓の方に行ったら、今度は女の親が幽霊になって出てきた。「なんであなたは今ごろから、後生と現世というのは違うんだからね。今のお母さんの所にちゃんと帰って、親孝行をしなさい。」と。「私は帰りません。帰ったらもう殺されるから帰りません。」ということで、墓の前に寝転んでしまった。それからもう、絶対に帰らないというので、その女は幽霊になって、男の親はいるのだから、男の親の方に行った。そして男の親に、「子供は帰らないというが、どうにかして連れ戻してもらえないか。」ということをいった。男の親は、そういうことだとは分からなかった。その継親が、実際に扱かっているところを、見てはないので分からなかった。あんまりその実の親が幽霊になってくるもんだから男の親はびっくりしてしまった。幽霊になって現れるということは、後生極楽は通ってないということで、大変なことであると、男の親は心配した。これはもうどうにかしなければいけないということで、ススキでサンを作って、そのサンで追い払った。あれは魔除けなんです。そうしたら、その女の親は、しだいに後に下がって逃げて行った。そして、その息子は連れ戻してきて、こうこうだったよと話をして、継親に説教をした。しかしこの死んだ女の親は、もう息子を残してきたということで、いつも子供のことばっかし気にかけて、家と後生を行き来していた。あとはその継親を呪い殺してしまった。 しかし、それでもいつも子供のことが気残りで、自分の子供のことだけしか考えなかった。そこでその子は、自分の母親が後生極楽を通らないということになっては大変だということで。七月、七夕から十五日までの間は、神々をお招きして、「後生極楽させて下さい。もとのりっぱな親にして下さい。」と頼んだ。そして七夕から、十三日、十四日、十五日までは、どこもかも御願をたてて、ようやく後生極楽を通ったということである。そして今度は十五日までには盆を送った。十六日にはエイサーをやるんですよ。エイサーというのは、もう親もちゃんと後生極楽を通ったんだから、もう何の気残りもなく盆を送って楽しくエイサーをやろうということから始まったらしい。あれはほんとは継子念仏といっているんですよ。だからエイサーは、十五日まではウークイ(注3)をして、十六日、十七日にエイサーをするんですよ。祖父母や、父母が、後生極楽を通ったということで、エイサーをやるわけです。七月、七夕とか、左の袖の下から、後生の人がみえるというのは、七月だけである。毎日はないが、この七月、盆には、たしかに後生というのがあるという言い伝えがあるんですがね。その言い伝えの通り、その継子を生んだほんとの母親が、後生極楽を通らないということである。継母が後生極楽を通らないということではない。 そういうことで、継子念仏はあるという。それに付帯して「久高」とか、あるいは別の節のエイサー踊りは、それは本当は継子念仏がエイサーの根本であると言われている。 |
| 全体の記録時間数 | 9:24 |
| 物語の時間数 | 9:24 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |