亀に助けられた話(方言)

概要

蔡譲という人が、久米村に住んでいた。久米村は、唐の子孫といわれていて、いつも中国に、現在の中国への使者としての役目を仰せ使っていたようだ。それで、また中国に船を出したそうだが、台風に遭って難波したわけだ。沈没したので乗組員は全員溺死してしまった。この蔡譲という人は、もう、支那皇帝への大事な国書を持たされているので、離すと大変なことになるといって、それを抱いて、ようやく板切れにすがりついていた。そのとき、突然、大亀が現われて蔡譲は、亀の背に乗った。そして、着いた所が支那だったそうだ。もうそれで、琉球国王から持たされた、支那皇帝への書簡を、立派に届けることができた。一昼夜かかったのか二昼夜かかったのか分らないが、ようやく(支那)に着く事が出来て、自分の任務を果たして琉球に帰られたそうだ。そして、その恩義として、自分の子孫に、亀の肉は食べていけないと言った。そのことから、今だに蔡門中は、亀の肉は食べないとの話がある。

再生時間:2:07

民話詳細DATA

レコード番号 47O371814
CD番号 47O37C078
決定題名 亀に助けられた話(方言)
話者がつけた題名 亀に助けられた話
話者名 新城平永
話者名かな あらしろへいえい
生年月日 19210305
性別
出身地 沖縄県読谷村宇座
記録日 19830222
記録者の所属組織 読谷ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村宇座T09A10
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 本格昔話
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集6宇座の民話 P32
キーワード 蔡譲,久米村,唐の子孫,中国への使者,台風に遭って難波,全員溺死,支那皇帝への大事な国書,大亀の背に乗った,琉球国王,支那皇帝への書簡,恩義,蔡門中は亀の肉は食べない
梗概(こうがい) 蔡譲という人が、久米村に住んでいた。久米村は、唐の子孫といわれていて、いつも中国に、現在の中国への使者としての役目を仰せ使っていたようだ。それで、また中国に船を出したそうだが、台風に遭って難波したわけだ。沈没したので乗組員は全員溺死してしまった。この蔡譲という人は、もう、支那皇帝への大事な国書を持たされているので、離すと大変なことになるといって、それを抱いて、ようやく板切れにすがりついていた。そのとき、突然、大亀が現われて蔡譲は、亀の背に乗った。そして、着いた所が支那だったそうだ。もうそれで、琉球国王から持たされた、支那皇帝への書簡を、立派に届けることができた。一昼夜かかったのか二昼夜かかったのか分らないが、ようやく(支那)に着く事が出来て、自分の任務を果たして琉球に帰られたそうだ。そして、その恩義として、自分の子孫に、亀の肉は食べていけないと言った。そのことから、今だに蔡門中は、亀の肉は食べないとの話がある。
全体の記録時間数 2:07
物語の時間数 2:07
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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