とても貧乏な家に生まれ、頼れる人やめんどうをみてくれる人もいなかった。兄が[ ]に儲けに出たとしても、負債の返済のたしにもならず、昔は全くといっていいほどお金がなかった。ついには、吉屋(よしや)チルーが尾類に売られたようだ。ジュリに売られたので、そこ(遊郭)に連れて行かれるときのこと、比謝矼に大きな川があって、その川の上方には天川坂があった。天川坂は四角い石で階段が造られて、それを登って行った。そこを登りつめたところで、「山原からずっと歩いてきたのでもうとても疲れた。ここで少し腰休めをしてから行こう。」と言い、休もうとした、すると、「比謝矼の橋は 私を渡そうと思い 情ない人が架けておいたのか。」と詠んだ。情のない人が架けておいたのだろう。この橋が架かってなければ、私は売られて行かなかったがなあと、いう意味あいだね。それとまた、チルーが生きているときに作ってあったのかも知れないが。チルーが亡くなったので、兄と父親が二人で遺骨を取りに行った。その遺骨は甕に入れきれいに包み、抱いていた。そして比謝矼の橋の上で休んでいると、その抱いている甕から歌がきこえてきた。「珍しいことだなあ。」と、兄と父親が首をかしげて、「ここで歌を詠んでいる人がいるなあ。珍しいことだ。」と言った。すると抱いていた甕が少し動いたそうだ。そして、この親子は悲しくなり、山原の家へ遺骨になったチルーを連れて行った。チルーが生きている頃、辻では、たいそう美人でしかも歌が上手ということで有名であった。チルーには恋しいお客がいたが、容姿も美しいのでチミジュリ(注2)にされた。あるとき、癩病にかかった人が侍の装いをして、「お金をたくさん出せば、きっと私も相手にする。」と思い。侍の装いをしてチルーの所へ行った。チルーは、「私はね、お客は一人しかとらない。」と言った。しかし、ジュリ親が、「チルー、お前の今日のお客は、とてもいいお客であられるから逃げたりしないようにね。」と言い付けられた。「どうしてですか。」と聞いたら、「多額のお金をくださった。」と答えた。チルーは、「お金よりも心がいい。」と思った。でも昔の辻の尾類たちは、雇い親から儲けを強いられていた。言葉を返すものなら、まっ赤に焼けた火箸をくっつけたりまでしたそうだ。それで、チルーも言葉を返すことができなかったようだ。いよいよ夜になりそのお客はやって来た。りっぱな侍のようである。身だしなみもきちんとしたので招き入れようとした。「今日のお客は、暗闇が好みのようであられるから、灯りは消しなさいね。」とチルーは雇い親に言われ、「わかりました。」と答え、お客を自分の座敷へ通したそうだ。座敷へ上がり、灯りのランプを消した。そしてあれこれもてなしをした。そして、侍の着けている着物を脱がせ、顔をのぞき込もうとした。そのお客はお金は多く支払ってあったようだね。雇い親はお客があげるだけたくさん受け取っていた。チルーは、「今日のお客は暗闇の客とおっしゃっていたが、どういう意味ですか。」とお客に聞いてみた。「私はりっぱな侍ではないよ。私はこうなっているんだよ。」と言って、顔や身体を開けて見せた。昔の癩病をわずらっている人は顔や身体中ボコボコ瘤だらけで目もあてられなかった。そんなお客であった。チルーは、「助けてくれ。」と叫んだが、もう捕まえられているのでどうすることもできなかった。しかもお金はすでに雇い親が受け取っているわけだから。それから、あまりにも衝撃が強かったので生きる気力を失い、自ら舌を噛み切って死んでしまった。自分の座敷で自殺したそうだ。それから、バクチャ屋という所が、辻の村の下の方にあったそうだ。そこは、異常死した人を送る所で、チルーをそこに送った。(雇い親は)「もういい時期なので遺骨は兄弟たちに渡さないといけない。」と、山原に連絡をし、遺骨を取りに来てもらった。それから兄と父親が来たので、雇い親は、「もう年忌焼香もここで済ましてあげようと思ったが、チルーも親兄弟の所がいいでしょう。連れて行きなさい。」と言った。そして、チルーはりっぱに葬られた。この話は年寄りから聞いたんだよ。吉屋は歌がとても上手だったそうだ。歌が上手なうえ、容姿も美しかったので、多くの姉妹の中から選ばれて、チルーが売られてしまったそうだ。
| レコード番号 | 47O371795 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C077 |
| 決定題名 | 吉屋チルー(方言) |
| 話者がつけた題名 | 吉屋チルー |
| 話者名 | 金城ウシ |
| 話者名かな | きんじょううし |
| 生年月日 | 19040715 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村儀間 |
| 記録日 | 19830218 |
| 記録者の所属組織 | 読谷ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村宇座T08B08 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集6宇座の民話 P284 |
| キーワード | 貧乏な家,兄,借金,吉屋チルー,尾類,比謝橋,天川坂,遺骨,辻,癩病,歌が上手 |
| 梗概(こうがい) | とても貧乏な家に生まれ、頼れる人やめんどうをみてくれる人もいなかった。兄が[ ]に儲けに出たとしても、負債の返済のたしにもならず、昔は全くといっていいほどお金がなかった。ついには、吉屋(よしや)チルーが尾類に売られたようだ。ジュリに売られたので、そこ(遊郭)に連れて行かれるときのこと、比謝矼に大きな川があって、その川の上方には天川坂があった。天川坂は四角い石で階段が造られて、それを登って行った。そこを登りつめたところで、「山原からずっと歩いてきたのでもうとても疲れた。ここで少し腰休めをしてから行こう。」と言い、休もうとした、すると、「比謝矼の橋は 私を渡そうと思い 情ない人が架けておいたのか。」と詠んだ。情のない人が架けておいたのだろう。この橋が架かってなければ、私は売られて行かなかったがなあと、いう意味あいだね。それとまた、チルーが生きているときに作ってあったのかも知れないが。チルーが亡くなったので、兄と父親が二人で遺骨を取りに行った。その遺骨は甕に入れきれいに包み、抱いていた。そして比謝矼の橋の上で休んでいると、その抱いている甕から歌がきこえてきた。「珍しいことだなあ。」と、兄と父親が首をかしげて、「ここで歌を詠んでいる人がいるなあ。珍しいことだ。」と言った。すると抱いていた甕が少し動いたそうだ。そして、この親子は悲しくなり、山原の家へ遺骨になったチルーを連れて行った。チルーが生きている頃、辻では、たいそう美人でしかも歌が上手ということで有名であった。チルーには恋しいお客がいたが、容姿も美しいのでチミジュリ(注2)にされた。あるとき、癩病にかかった人が侍の装いをして、「お金をたくさん出せば、きっと私も相手にする。」と思い。侍の装いをしてチルーの所へ行った。チルーは、「私はね、お客は一人しかとらない。」と言った。しかし、ジュリ親が、「チルー、お前の今日のお客は、とてもいいお客であられるから逃げたりしないようにね。」と言い付けられた。「どうしてですか。」と聞いたら、「多額のお金をくださった。」と答えた。チルーは、「お金よりも心がいい。」と思った。でも昔の辻の尾類たちは、雇い親から儲けを強いられていた。言葉を返すものなら、まっ赤に焼けた火箸をくっつけたりまでしたそうだ。それで、チルーも言葉を返すことができなかったようだ。いよいよ夜になりそのお客はやって来た。りっぱな侍のようである。身だしなみもきちんとしたので招き入れようとした。「今日のお客は、暗闇が好みのようであられるから、灯りは消しなさいね。」とチルーは雇い親に言われ、「わかりました。」と答え、お客を自分の座敷へ通したそうだ。座敷へ上がり、灯りのランプを消した。そしてあれこれもてなしをした。そして、侍の着けている着物を脱がせ、顔をのぞき込もうとした。そのお客はお金は多く支払ってあったようだね。雇い親はお客があげるだけたくさん受け取っていた。チルーは、「今日のお客は暗闇の客とおっしゃっていたが、どういう意味ですか。」とお客に聞いてみた。「私はりっぱな侍ではないよ。私はこうなっているんだよ。」と言って、顔や身体を開けて見せた。昔の癩病をわずらっている人は顔や身体中ボコボコ瘤だらけで目もあてられなかった。そんなお客であった。チルーは、「助けてくれ。」と叫んだが、もう捕まえられているのでどうすることもできなかった。しかもお金はすでに雇い親が受け取っているわけだから。それから、あまりにも衝撃が強かったので生きる気力を失い、自ら舌を噛み切って死んでしまった。自分の座敷で自殺したそうだ。それから、バクチャ屋という所が、辻の村の下の方にあったそうだ。そこは、異常死した人を送る所で、チルーをそこに送った。(雇い親は)「もういい時期なので遺骨は兄弟たちに渡さないといけない。」と、山原に連絡をし、遺骨を取りに来てもらった。それから兄と父親が来たので、雇い親は、「もう年忌焼香もここで済ましてあげようと思ったが、チルーも親兄弟の所がいいでしょう。連れて行きなさい。」と言った。そして、チルーはりっぱに葬られた。この話は年寄りから聞いたんだよ。吉屋は歌がとても上手だったそうだ。歌が上手なうえ、容姿も美しかったので、多くの姉妹の中から選ばれて、チルーが売られてしまったそうだ。 |
| 全体の記録時間数 | 5:49 |
| 物語の時間数 | 5:49 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |