喜屋武ミーぐゎー(方言)

概要

この人は、妻は屋良の人、嘉手納町屋良の林堂の娘を妻にしたそうだ。その娘に空手を教えて、空手を教えたので、布団を干す時も、むこうの家は二階だったんだが、その二階にね、下の方でたたんで二階に布団は投げていたそうだ。その娘はね。あの人がね、喜屋武のターリーが、この屋良の林堂の娘と、二人は親しくなったので、親たちはね、そのように武稽古をする人は、その人なら妻でも殺しかねないと、夫婦にさせたがらなかった。させたがらなかったので、もう財産のある家なんだし、また喜屋武ミーは馬車を持って商売している人だったから。その人の妻にはしない、ということであったが二人は一緒になってしまった。そして夜な夜な行き来して、連れて、比謝橋まで連れて来て、そして夜が明けないうちにまた屋良まで送ってもらって、そうこうしていた。そこで親たちは、今度は屋良の若者たちに頼んで、六尺棒を持たせて、「喜屋武ミーぐゎーがそこにやって来たら、みんなでだったらたち打ちできるからこらしめてやれよ。」と言った。そして棒を持たせてやったらしいが、喜屋武ミーぐゎーは投げつけられる棒を片っぱしから受け止めていたそうだ。受け取っていたそうだよ。それで、みんな逃げて、喜屋武ミーに棒が受け取られてしまったので逃げてしまった。(喜屋武ミーは)翌日の昼間、その棒を束ねて、ミンタリー笠をかぶって、翌日、屋良の部落を、「棒を買って下さい。」と担いで歩き廻っていたそうだ。それに体は小さくて、身体は一つかみしかないが飛び上がるのでね。屋良の若者たちにわざと見せるために、「棒買って下さい。」と言って、いかにも昨夜取って来たものですよ、と言わんばかりに。そうすると恐がってね、それっきり、もう仕方がないといって夫婦にしたという話なんだ。大変な武人だったそうですよ。喜屋武のターリーの話はこの程度で止めようね。

再生時間:4:01

民話詳細DATA

レコード番号 47O371768
CD番号 47O37C076
決定題名 喜屋武ミーぐゎー(方言)
話者がつけた題名 喜屋武ミーぐゎー
話者名 新城平永
話者名かな あらしろへいえい
生年月日 19210305
性別
出身地 沖縄県読谷村宇座
記録日 19830216
記録者の所属組織 読谷ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村宇座T07B11
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 笑話
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集6宇座の民話 P119
キーワード 妻は屋良の人,嘉手納町屋良の林堂の娘,空手,喜屋武のターリー,馬車を持って商売,比謝橋,屋良の若者,六尺棒,大変な武人
梗概(こうがい) この人は、妻は屋良の人、嘉手納町屋良の林堂の娘を妻にしたそうだ。その娘に空手を教えて、空手を教えたので、布団を干す時も、むこうの家は二階だったんだが、その二階にね、下の方でたたんで二階に布団は投げていたそうだ。その娘はね。あの人がね、喜屋武のターリーが、この屋良の林堂の娘と、二人は親しくなったので、親たちはね、そのように武稽古をする人は、その人なら妻でも殺しかねないと、夫婦にさせたがらなかった。させたがらなかったので、もう財産のある家なんだし、また喜屋武ミーは馬車を持って商売している人だったから。その人の妻にはしない、ということであったが二人は一緒になってしまった。そして夜な夜な行き来して、連れて、比謝橋まで連れて来て、そして夜が明けないうちにまた屋良まで送ってもらって、そうこうしていた。そこで親たちは、今度は屋良の若者たちに頼んで、六尺棒を持たせて、「喜屋武ミーぐゎーがそこにやって来たら、みんなでだったらたち打ちできるからこらしめてやれよ。」と言った。そして棒を持たせてやったらしいが、喜屋武ミーぐゎーは投げつけられる棒を片っぱしから受け止めていたそうだ。受け取っていたそうだよ。それで、みんな逃げて、喜屋武ミーに棒が受け取られてしまったので逃げてしまった。(喜屋武ミーは)翌日の昼間、その棒を束ねて、ミンタリー笠をかぶって、翌日、屋良の部落を、「棒を買って下さい。」と担いで歩き廻っていたそうだ。それに体は小さくて、身体は一つかみしかないが飛び上がるのでね。屋良の若者たちにわざと見せるために、「棒買って下さい。」と言って、いかにも昨夜取って来たものですよ、と言わんばかりに。そうすると恐がってね、それっきり、もう仕方がないといって夫婦にしたという話なんだ。大変な武人だったそうですよ。喜屋武のターリーの話はこの程度で止めようね。
全体の記録時間数 4:01
物語の時間数 4:01
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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