土地測量士は沖縄にはいなかったようだね。当時は日本語を話せる人は少なかった。測量士というものは技師だから、日本からいらしたらしいね。そして、家も、立派な家に下宿をとってもらって、そこに寝泊まりしてもらった。(下宿の)屋号は「前横目」といって別棟、庭にいぬまきで作ったアサギがあってね、そこに寝泊まりしていたらしいが、蚊が多くてね。昼は測量して、夜は事務をとっていた。それで、蚊帳を吊って事務をとったそうだ、その大和の人は。蚊にくわれて往生したらしい。それで、日本語がわかる人がいいなあ。そのポールを持つ人は、ポールを持つ人は日本語を話す人がいいなあと思っていたが、誰もいなかったらしい。そこで土地勘のある人を選んで、その人が適任だということで頼んだら、「私は日本語は話せない。相手が言っていることが私には分らない。また、私が言っていることも、相手には分らない。」と言って、最初はやりたがらなかったらしいんだね。「いや」と言ったそうだ。しかし、「貴方でなければここはどこの土地、あそこはどこの土地ということは知らないので、土地勘のある貴方に頑張ってもらいたいんですよ。」と話すと、やっとのことで承知したらしいんだね。相手は大和(本土)の人だから、手真似、足真似で指示したそうだ。そこで、ポールを持って、あっちへ走り、こっちへ走りしたらしい。そこへ役場の方が見えて、その人(ポール持ち)に、「測量士のおっしゃることは、何でもハイと言いなさい。ハイといえば通用するから。」といって、ハイ一つを覚えさせてあったらしいんだね。そこで、いつも「ハイ、ハイ」してね。そんなことで、「この人は働き者だね」と可愛いがられたそうだよ。そうする内に、明治三十年から三十六年までかかっているのでね。そこで、そのおじいさんはもう一つ、大和口を覚えたようだね。「イイエ」というのを覚えたそうだ。「イイエ」という言葉を覚えたものだから、「私はもうひとつ大和口分るよ。」と午前中は、いつも「ハイ、ハイ」と返事をして、昼食がすみ、午後になってからは、「今からは『イイエ』を使おう。」と考えた。それで「あそこに行きなさい。ここに来なさい。」というと、「イイエ」と返事をする。そうかといって、あそこに行きなさいというと、ちゃんと、あそこに行くので、行動と言葉がちぐはぐでね。そこで、測量士は役場の人に「どういうわけか。あそこにと言うとあそこに行くのに『イイエ』と返事するか、この人は変だね。この人が言うのはよく聞くが、イイエ、イイエばかり言うんですよ。」と話したら、「その人はもう、イイエという言葉も私は覚えているんですよ、と自慢したかったんですよ。許して下さい。」ということだったらしい。大和口を二つ覚えたということでね。
| レコード番号 | 47O371745 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C075 |
| 決定題名 | 言葉の使い分け(共通語混) |
| 話者がつけた題名 | 言葉の使い分け |
| 話者名 | 新城平永 |
| 話者名かな | あらしろへいえい |
| 生年月日 | 19210305 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村宇座 |
| 記録日 | 19830215 |
| 記録者の所属組織 | 読谷ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村宇座T07A04 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 笑話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集6宇座の民話 P172 |
| キーワード | 土地測量士,沖縄にはいなかった,日本語,技師,前横目,昼は測量,夜は事務,ポールを持つ人,土地勘,手真似足真似で指示,何でもハイ,イイエ,大和口を二つ覚えた |
| 梗概(こうがい) | 土地測量士は沖縄にはいなかったようだね。当時は日本語を話せる人は少なかった。測量士というものは技師だから、日本からいらしたらしいね。そして、家も、立派な家に下宿をとってもらって、そこに寝泊まりしてもらった。(下宿の)屋号は「前横目」といって別棟、庭にいぬまきで作ったアサギがあってね、そこに寝泊まりしていたらしいが、蚊が多くてね。昼は測量して、夜は事務をとっていた。それで、蚊帳を吊って事務をとったそうだ、その大和の人は。蚊にくわれて往生したらしい。それで、日本語がわかる人がいいなあ。そのポールを持つ人は、ポールを持つ人は日本語を話す人がいいなあと思っていたが、誰もいなかったらしい。そこで土地勘のある人を選んで、その人が適任だということで頼んだら、「私は日本語は話せない。相手が言っていることが私には分らない。また、私が言っていることも、相手には分らない。」と言って、最初はやりたがらなかったらしいんだね。「いや」と言ったそうだ。しかし、「貴方でなければここはどこの土地、あそこはどこの土地ということは知らないので、土地勘のある貴方に頑張ってもらいたいんですよ。」と話すと、やっとのことで承知したらしいんだね。相手は大和(本土)の人だから、手真似、足真似で指示したそうだ。そこで、ポールを持って、あっちへ走り、こっちへ走りしたらしい。そこへ役場の方が見えて、その人(ポール持ち)に、「測量士のおっしゃることは、何でもハイと言いなさい。ハイといえば通用するから。」といって、ハイ一つを覚えさせてあったらしいんだね。そこで、いつも「ハイ、ハイ」してね。そんなことで、「この人は働き者だね」と可愛いがられたそうだよ。そうする内に、明治三十年から三十六年までかかっているのでね。そこで、そのおじいさんはもう一つ、大和口を覚えたようだね。「イイエ」というのを覚えたそうだ。「イイエ」という言葉を覚えたものだから、「私はもうひとつ大和口分るよ。」と午前中は、いつも「ハイ、ハイ」と返事をして、昼食がすみ、午後になってからは、「今からは『イイエ』を使おう。」と考えた。それで「あそこに行きなさい。ここに来なさい。」というと、「イイエ」と返事をする。そうかといって、あそこに行きなさいというと、ちゃんと、あそこに行くので、行動と言葉がちぐはぐでね。そこで、測量士は役場の人に「どういうわけか。あそこにと言うとあそこに行くのに『イイエ』と返事するか、この人は変だね。この人が言うのはよく聞くが、イイエ、イイエばかり言うんですよ。」と話したら、「その人はもう、イイエという言葉も私は覚えているんですよ、と自慢したかったんですよ。許して下さい。」ということだったらしい。大和口を二つ覚えたということでね。 |
| 全体の記録時間数 | 3:45 |
| 物語の時間数 | 3:45 |
| 言語識別 | 混在 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |