昔、楚辺の字にね、親子で暮らしていたが、もう食べるものもなくて、島々を回って物乞いをして暮らしていたそうだ。それから三味線の始まりも赤犬子からといわれるように(その親子は)立身したそうだよ。山原からの帰りに瀬良垣まで来ると、船、山原船を造っていたそうだ。もう昼食時間も過ぎて、その子があんまりひもじがるので、「あなた方が召し上った残り物、何でもいいですから食べさせて下さい。」と言うと、「お前らのような、島々を回って物乞いをして歩き回っているような奴らが、ここは山原船、船を造っている所だぞ。ここに来るのか。」と船大工たちが悪口を言った。「お前たちにやるものはないからさっさと戻って行きなさい。」と言ったので泣く泣く戻って来た。戻って、もうただひたすら歩き続けた。そして、その山原船は完成したが初旅、那覇旅の初旅に、割れ船、遭難して割れ船になってしまった。また、恩納屋嘉田でも船を造っていたそうだ。「この子が大変ひもじがっているので食べ物を恵んで下さい。」と言うと、「残っているよ、たくさん食べさせなさい。」と言うので、親子は食べた。その船は大変繁昌する船になったそうだ。そして、その子どもが小さかった頃にね、小さい頃に、何歳だったかわからないが、北谷長老が、「楚辺にませた物知りの子どもがいるそうだ、見て来よう。」と言って、楚辺においでになった。そして、「お前の父親や母親はどこに行ったんだ。」と聞くと、「冬青草夏立ち枯取りに行った。」と。「冬青草夏立ち枯、これは不思議なことだ。」と、そして、その北谷長老は懸命に考えて、「ああ、麦なんだな、大麦のことなんだな、ええそうか。」と。そしてその人が、戸を開けて、台所の戸を開けて、「私は内に入ろうとしているのか、出ようとしているのか。」と聞くと、(その子は)鳥を、小鳥を出して、「この鳥は生きているのか死んでいるのか。」と言った。生きていると言うとそのままにし、死んでいるというと殺す考えだったわけね。また、北谷長老が戸を開けて、「入るのか、出るのか。」と言ったのも、その子が「入る」と答えると出る考えだった。それで「これは不思議な子どもだ。」と言った。そしてその子どもが死んでから、間もなくして死んでしまったので、北谷長老がお悔みに、親の所へ悔みに行き、「あの子はあんたの子ではない。あの子は神の子だ。あんたは葬式を出したつもりでいるでしょうが、その墓の中にはいないよ。そこから出て、どこへ行ったかわからない。神様なんだから、どこへ行ったのかわからんよ。」と、言った。そして墓を、長老も一緒に、長老も一緒に開けて見ると(墓の中には)なかったそうだよ。
| レコード番号 | 47O371738 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C075 |
| 決定題名 | 赤犬子(方言) |
| 話者がつけた題名 | 赤犬子 |
| 話者名 | 山内実 |
| 話者名かな | やまうちみのる |
| 生年月日 | 19010606 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村宇座 |
| 記録日 | 19770813 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第16班 |
| 元テープ番号 | 読谷村宇座T06A01 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | んかし |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集6宇座の民話 P250 |
| キーワード | 楚辺,物乞い,三味線の始まり,赤犬子,山原からの帰り,瀬良垣,山原船,船大工が悪口,割れ船,遭難,恩納屋嘉田,船は大変繁昌,北谷長老,楚辺にませた物知りの子ども,お前の父親や母親はどこに行った,冬青草夏立ち枯取りに,麦,大麦,台所の戸,小鳥,神の子,葬式,墓の中にはいない |
| 梗概(こうがい) | 昔、楚辺の字にね、親子で暮らしていたが、もう食べるものもなくて、島々を回って物乞いをして暮らしていたそうだ。それから三味線の始まりも赤犬子からといわれるように(その親子は)立身したそうだよ。山原からの帰りに瀬良垣まで来ると、船、山原船を造っていたそうだ。もう昼食時間も過ぎて、その子があんまりひもじがるので、「あなた方が召し上った残り物、何でもいいですから食べさせて下さい。」と言うと、「お前らのような、島々を回って物乞いをして歩き回っているような奴らが、ここは山原船、船を造っている所だぞ。ここに来るのか。」と船大工たちが悪口を言った。「お前たちにやるものはないからさっさと戻って行きなさい。」と言ったので泣く泣く戻って来た。戻って、もうただひたすら歩き続けた。そして、その山原船は完成したが初旅、那覇旅の初旅に、割れ船、遭難して割れ船になってしまった。また、恩納屋嘉田でも船を造っていたそうだ。「この子が大変ひもじがっているので食べ物を恵んで下さい。」と言うと、「残っているよ、たくさん食べさせなさい。」と言うので、親子は食べた。その船は大変繁昌する船になったそうだ。そして、その子どもが小さかった頃にね、小さい頃に、何歳だったかわからないが、北谷長老が、「楚辺にませた物知りの子どもがいるそうだ、見て来よう。」と言って、楚辺においでになった。そして、「お前の父親や母親はどこに行ったんだ。」と聞くと、「冬青草夏立ち枯取りに行った。」と。「冬青草夏立ち枯、これは不思議なことだ。」と、そして、その北谷長老は懸命に考えて、「ああ、麦なんだな、大麦のことなんだな、ええそうか。」と。そしてその人が、戸を開けて、台所の戸を開けて、「私は内に入ろうとしているのか、出ようとしているのか。」と聞くと、(その子は)鳥を、小鳥を出して、「この鳥は生きているのか死んでいるのか。」と言った。生きていると言うとそのままにし、死んでいるというと殺す考えだったわけね。また、北谷長老が戸を開けて、「入るのか、出るのか。」と言ったのも、その子が「入る」と答えると出る考えだった。それで「これは不思議な子どもだ。」と言った。そしてその子どもが死んでから、間もなくして死んでしまったので、北谷長老がお悔みに、親の所へ悔みに行き、「あの子はあんたの子ではない。あの子は神の子だ。あんたは葬式を出したつもりでいるでしょうが、その墓の中にはいないよ。そこから出て、どこへ行ったかわからない。神様なんだから、どこへ行ったのかわからんよ。」と、言った。そして墓を、長老も一緒に、長老も一緒に開けて見ると(墓の中には)なかったそうだよ。 |
| 全体の記録時間数 | 4:13 |
| 物語の時間数 | 4:13 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |