姥捨て山 難題(方言)

概要

昔は、六十歳を越せば土手の下に捨てに行ったそうだ。年寄りはもう役に立たないということで。ある親孝行な息子が親を捨てに行ったそうだ。しかし息子は、毎日食べ物を運んで、自分の母親に食べさせていたようだね。これを公儀に知れると罰せられたそうだ。〈公儀といったら今の県庁だがね。〉食べ物を持って行かないと、あそこで死なしてしまうと、ほんとは持っていくのはできないが、その息子は心配でいつも土手の下へ食べ物を運んでいたようだ。それから、今度は内地の薩摩から御用が来た。それは誰も分らなかったが、捨てられた母親が分ったそうだ。その御用というのは、「弁の御嶽をそっくり壊して持って来い。」ということであった。「それに虎、襖に書かれている虎を、くびって持って来い。」と二つの御用であった。これは薩摩からのひとつの(知恵比べであったわけだ。)もう誰も分る人がいなくて、世間は、村の役人たちも大変困りはてていた。そうして、(親孝行な息子は)自分の女の親はとても物知りだからと、親のいる所へ行ってみた。そうして、聞いてみるとね。「何でも理屈があるんだよ。これはとても容易なことだよ『その弁の御嶽は壊してはありますがね、それを積む大きな船がなくて、薩摩から持って来て下さい。積んであげましょう』と言うといいよ。」と答えた。これは薩摩との知恵比べだから、薩摩はそんな大きい船はないわけだから、負かしたわけだ。それにまた虎は、襖に書かれているのだから、くびることはできないでしょう。それもまた、「これも理屈だよ。綱はたくさん綯って準備はしてあるんですがね、これは家の内ではくびることができないので、外に出してくれませんか。外でくびりますから。」と教えた。薩摩は「そんなことはできるはずがない。」と言いこれも理屈で勝ったそうだ。そんなわけで、役人の人達が、「お前は、これは誰から習ったのか。」と言った。「これは私の母は物知りなので、母からおそわりました。」と答えた。それから、「ああ、こんなことは若者にはできない。年寄りがこんなに宝だったとは…。」と考えるようになった。その後、六十一歳になると大きなお祝いをし、土手へ捨てることもなくなった。六十一歳のお祝い(還暦)はそれから始まった。

再生時間:3:08

民話詳細DATA

レコード番号 47O371349
CD番号 47O37C059
決定題名 姥捨て山 難題(方言)
話者がつけた題名 六十一の祝い由来
話者名 宮城正栄
話者名かな みやぎせいえい
生年月日 19001025
性別
出身地 沖縄県読谷村儀間
記録日 19770814
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第16班
元テープ番号 読谷村儀間T06B03
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 本格昔話
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集5儀間の民話 P185
キーワード 六十歳,土手の下に捨てた,年寄りは役に立たない,親孝行な息子,食べ物を運んだ,薩摩から御用,弁の御嶽,襖に書かれている虎,母は物知り,年寄りは宝,六十一歳のお祝い
梗概(こうがい) 昔は、六十歳を越せば土手の下に捨てに行ったそうだ。年寄りはもう役に立たないということで。ある親孝行な息子が親を捨てに行ったそうだ。しかし息子は、毎日食べ物を運んで、自分の母親に食べさせていたようだね。これを公儀に知れると罰せられたそうだ。〈公儀といったら今の県庁だがね。〉食べ物を持って行かないと、あそこで死なしてしまうと、ほんとは持っていくのはできないが、その息子は心配でいつも土手の下へ食べ物を運んでいたようだ。それから、今度は内地の薩摩から御用が来た。それは誰も分らなかったが、捨てられた母親が分ったそうだ。その御用というのは、「弁の御嶽をそっくり壊して持って来い。」ということであった。「それに虎、襖に書かれている虎を、くびって持って来い。」と二つの御用であった。これは薩摩からのひとつの(知恵比べであったわけだ。)もう誰も分る人がいなくて、世間は、村の役人たちも大変困りはてていた。そうして、(親孝行な息子は)自分の女の親はとても物知りだからと、親のいる所へ行ってみた。そうして、聞いてみるとね。「何でも理屈があるんだよ。これはとても容易なことだよ『その弁の御嶽は壊してはありますがね、それを積む大きな船がなくて、薩摩から持って来て下さい。積んであげましょう』と言うといいよ。」と答えた。これは薩摩との知恵比べだから、薩摩はそんな大きい船はないわけだから、負かしたわけだ。それにまた虎は、襖に書かれているのだから、くびることはできないでしょう。それもまた、「これも理屈だよ。綱はたくさん綯って準備はしてあるんですがね、これは家の内ではくびることができないので、外に出してくれませんか。外でくびりますから。」と教えた。薩摩は「そんなことはできるはずがない。」と言いこれも理屈で勝ったそうだ。そんなわけで、役人の人達が、「お前は、これは誰から習ったのか。」と言った。「これは私の母は物知りなので、母からおそわりました。」と答えた。それから、「ああ、こんなことは若者にはできない。年寄りがこんなに宝だったとは…。」と考えるようになった。その後、六十一歳になると大きなお祝いをし、土手へ捨てることもなくなった。六十一歳のお祝い(還暦)はそれから始まった。
全体の記録時間数 3:08
物語の時間数 3:08
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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