屋良の阿麻和利(共通語)

概要

今帰仁王には隠し子がいたそうだね。百姓と密通してできた子がいた。百姓に大変きれいな女の人がいて、そこで今帰仁王が御用で歩いておられる時に、その女の人と知り合って生んだ子どもだそうだ。その女から、王様にそう申し上げて行ったのだが、向こうでは受けつけてくれなかった。また、王妃が、この女が妊娠していると知って、「この女を殺してしまわないと、後で大変なことになる。」と思い、妊娠していることを聞いたので困ると探して歩いたそうだよ。そうして、この女は勝連の方へ行き、洞窟住まいをして暮らしていた。その人はノロであったらしい。それから、その洞窟で子どもを生んだのだが、食べ物は無くて海に行って、タコを取って食べていた。そしてタコばかり食べたので、タコは骨が無いので、その子どももタコのように骨が無いような身体つきになり、しまいには、捨てられたそうだよ。 しかし、捨てられても、神として生まれているからこの子は、阿麻和利はそこで母親に育てられて成長した。そして、「自分は、男に生まれてきて、体は弱くてもこれではいかん。」と言って、後は、魚を取って食べた。タコを食べないで魚を取って食べたから骨が丈夫になった。そして強くなって成長してのち、「やっぱりこれでもいかん。」と言い、お母さんばかりに育てられていかんと、母を思っていた。阿麻和利は眠っている時に、クモの巣、クモが巣を作るのを見て、それを真似て綱を作り魚を取った。それから希望がわき、「これでもいかん。」と思い、「知恵を出さないといけない、自分は男に生まれていて、いつまでもこういうことをしておれない。」と言って、しまいには住民を育て上げ、住民と共に立ち上ろうとした。自分はまた、王に立たなければいかんと思い、その阿麻和利は、自分の精神を強く持ち、住民を救い上げた。(住民に)魚を取ってやったりして、自分が先頭に立ち、王様になるときには自分の部下にしようと思った。そこで中山王は、「これは自分の子であるので、これをこのままにしていたら、親に反抗する。自分が捨てた子でもあるし、兄弟同志戦うかも知れない。」と考えて、また中山の娘を阿麻和利のところへ嫁にやった。そして、結婚させたのだが、阿麻和利はこれでもいかんと思い、「自分は長男である。自分の母をこんなに苦労させたんだから、これではいかん、自分が政治を行ない百姓の差別を無くして一般住民に平和をもたらしてやる。」と言う気持ちをもった。そして、この阿麻和利は、後に首里城へ攻めて行った。それから、もう阿麻和利の子孫は二人の兄弟からの広がりがあって、沖縄の子孫は大変栄えているそうだよ。それから、阿麻和利というのは、王の子である、百姓からの成り上がりと言われているが、そうではない。王があちらこちら国廻りして歩くとき、あのヌールというのが各所にあったそうだよ。そこにすごく美人の女がいて、王の接待をしている時、密通してできた子である。そして、王妃が、(ヌールが)妊娠したとの話を聞いて、これを憎み、「その女を生かしておくと大変だ。」と言って、家来に探させ殺させようとした。それで、その人はそこから逃げて勝連へ行き洞窟に住まった。そこで阿麻和利を育てあげたというわけである。

再生時間:4:57

民話詳細DATA

レコード番号 47O371223
CD番号 47O37C053
決定題名 屋良の阿麻和利(共通語)
話者がつけた題名 屋良のアマンジャナー
話者名 山内昌喜
話者名かな やまうちしょうき
生年月日 19091109
性別
出身地 沖縄県読谷村儀間
記録日 19770224
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第7班
元テープ番号 読谷村儀間T02A09
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集5儀間の民話 P255
キーワード 今帰仁王,隠し子,百姓と密通,美女,王妃,勝連,洞窟住まい,阿麻和利,タコ,魚,クモの巣,綱,中山の娘,首里城,ヌール
梗概(こうがい) 今帰仁王には隠し子がいたそうだね。百姓と密通してできた子がいた。百姓に大変きれいな女の人がいて、そこで今帰仁王が御用で歩いておられる時に、その女の人と知り合って生んだ子どもだそうだ。その女から、王様にそう申し上げて行ったのだが、向こうでは受けつけてくれなかった。また、王妃が、この女が妊娠していると知って、「この女を殺してしまわないと、後で大変なことになる。」と思い、妊娠していることを聞いたので困ると探して歩いたそうだよ。そうして、この女は勝連の方へ行き、洞窟住まいをして暮らしていた。その人はノロであったらしい。それから、その洞窟で子どもを生んだのだが、食べ物は無くて海に行って、タコを取って食べていた。そしてタコばかり食べたので、タコは骨が無いので、その子どももタコのように骨が無いような身体つきになり、しまいには、捨てられたそうだよ。 しかし、捨てられても、神として生まれているからこの子は、阿麻和利はそこで母親に育てられて成長した。そして、「自分は、男に生まれてきて、体は弱くてもこれではいかん。」と言って、後は、魚を取って食べた。タコを食べないで魚を取って食べたから骨が丈夫になった。そして強くなって成長してのち、「やっぱりこれでもいかん。」と言い、お母さんばかりに育てられていかんと、母を思っていた。阿麻和利は眠っている時に、クモの巣、クモが巣を作るのを見て、それを真似て綱を作り魚を取った。それから希望がわき、「これでもいかん。」と思い、「知恵を出さないといけない、自分は男に生まれていて、いつまでもこういうことをしておれない。」と言って、しまいには住民を育て上げ、住民と共に立ち上ろうとした。自分はまた、王に立たなければいかんと思い、その阿麻和利は、自分の精神を強く持ち、住民を救い上げた。(住民に)魚を取ってやったりして、自分が先頭に立ち、王様になるときには自分の部下にしようと思った。そこで中山王は、「これは自分の子であるので、これをこのままにしていたら、親に反抗する。自分が捨てた子でもあるし、兄弟同志戦うかも知れない。」と考えて、また中山の娘を阿麻和利のところへ嫁にやった。そして、結婚させたのだが、阿麻和利はこれでもいかんと思い、「自分は長男である。自分の母をこんなに苦労させたんだから、これではいかん、自分が政治を行ない百姓の差別を無くして一般住民に平和をもたらしてやる。」と言う気持ちをもった。そして、この阿麻和利は、後に首里城へ攻めて行った。それから、もう阿麻和利の子孫は二人の兄弟からの広がりがあって、沖縄の子孫は大変栄えているそうだよ。それから、阿麻和利というのは、王の子である、百姓からの成り上がりと言われているが、そうではない。王があちらこちら国廻りして歩くとき、あのヌールというのが各所にあったそうだよ。そこにすごく美人の女がいて、王の接待をしている時、密通してできた子である。そして、王妃が、(ヌールが)妊娠したとの話を聞いて、これを憎み、「その女を生かしておくと大変だ。」と言って、家来に探させ殺させようとした。それで、その人はそこから逃げて勝連へ行き洞窟に住まった。そこで阿麻和利を育てあげたというわけである。
全体の記録時間数 4:57
物語の時間数 4:57
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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