米寿由来(方言混)

概要

そのトーカチ祝いお祝いというのは、十八才になる、大変美人の娘の話からはじまったんだよ。そのあまりにも美しい娘を神様が、王様がごらんになって、「非常に気の毒、気の毒」とくり返し、おっしゃっておられたそうです。娘は、「なんで、どういうわけでそうおっしゃるのかなあ。」と、お母さんに、話したそうです。「神様が私を見て、気の妻とおっしゃったのですが、私は、なにか意味がわからない」と。それで、「そうなら、何かはっきりさせるために、そのお方にお願いをして、どうにかしてもらおう。」と、話し合ったそうです。それでそのお母さんの考えで、「神様は、どこそこで碁を打っていらっしゃるとのことだから、そこに御馳走をつくって行って、なんとかお会いして、意味を聞きたい。」お願いしてこようということになった。そうして、わざわざ御馳走を、つくって、持って行ったら、王様は、カチカチ音をたてながら、碁を打っていたそうです。それで、もうその場所では、何ごとも話さずお願いもできないので、その方の前に御馳走はおいてから帰って来たそうです。帰って来て、その後からまたお願いに行ったそうです。その人(神様)は、もう碁を打ちながら、そこに御馳走があるもんだから、取って食べながら碁を打ったようだね。本当のことかどうか、昔話であるから…。やはり召し上がりながら、碁を打ったわけだから、人様のお願いを、後になって聞かざるを得なくなった。どのようにしたら良いかと、その神様が、教えて下さった。「貴女は、十八才だから、その中に八という字を書き入れなさい。(十八才の寿命を八十八才までのばしてあげよう)そうして八十八才になったらトーカチ祝いをしなさい。貴女は、八十八才まで生きれば、良いではないか。」との教えであった。それから、八十八のお祝いもするようになった。米寿祝いの道理は、そんなわけだよ。と、そのような話を聞いています。こういう話は、いろいろ昔話は、違うのかも知れません。私は、今まで八十八才のお祝いは、こういうわけでなったと聞かされ、また他部落に行ってもそのように話しています。また、そのお祝いの三味線の嘉例の歌に、「升に米を盛って 升を切って 残った米は
子孫のもの。」という米寿祝いの歌があります。こんないわれがあって八十八のお祝いがあるんですよと、聞いています。

再生時間:3:38

民話詳細DATA

レコード番号 47O371214
CD番号 47O37C053
決定題名 米寿由来(方言混)
話者がつけた題名 米寿由来
話者名 仲宗根徳真
話者名かな なかそねとくしん
生年月日 19051225
性別
出身地 沖縄県読谷村儀間
記録日 19770224
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第7班
元テープ番号 読谷村儀間T02A01
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 本格昔話、 民俗
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集5儀間の民話 P100
キーワード トーカチ祝い,十八才,美人の娘,神様,王様,碁打ち,御馳走,十八才の中に八,八十八才
梗概(こうがい) そのトーカチ祝いお祝いというのは、十八才になる、大変美人の娘の話からはじまったんだよ。そのあまりにも美しい娘を神様が、王様がごらんになって、「非常に気の毒、気の毒」とくり返し、おっしゃっておられたそうです。娘は、「なんで、どういうわけでそうおっしゃるのかなあ。」と、お母さんに、話したそうです。「神様が私を見て、気の妻とおっしゃったのですが、私は、なにか意味がわからない」と。それで、「そうなら、何かはっきりさせるために、そのお方にお願いをして、どうにかしてもらおう。」と、話し合ったそうです。それでそのお母さんの考えで、「神様は、どこそこで碁を打っていらっしゃるとのことだから、そこに御馳走をつくって行って、なんとかお会いして、意味を聞きたい。」お願いしてこようということになった。そうして、わざわざ御馳走を、つくって、持って行ったら、王様は、カチカチ音をたてながら、碁を打っていたそうです。それで、もうその場所では、何ごとも話さずお願いもできないので、その方の前に御馳走はおいてから帰って来たそうです。帰って来て、その後からまたお願いに行ったそうです。その人(神様)は、もう碁を打ちながら、そこに御馳走があるもんだから、取って食べながら碁を打ったようだね。本当のことかどうか、昔話であるから…。やはり召し上がりながら、碁を打ったわけだから、人様のお願いを、後になって聞かざるを得なくなった。どのようにしたら良いかと、その神様が、教えて下さった。「貴女は、十八才だから、その中に八という字を書き入れなさい。(十八才の寿命を八十八才までのばしてあげよう)そうして八十八才になったらトーカチ祝いをしなさい。貴女は、八十八才まで生きれば、良いではないか。」との教えであった。それから、八十八のお祝いもするようになった。米寿祝いの道理は、そんなわけだよ。と、そのような話を聞いています。こういう話は、いろいろ昔話は、違うのかも知れません。私は、今まで八十八才のお祝いは、こういうわけでなったと聞かされ、また他部落に行ってもそのように話しています。また、そのお祝いの三味線の嘉例の歌に、「升に米を盛って 升を切って 残った米は 子孫のもの。」という米寿祝いの歌があります。こんないわれがあって八十八のお祝いがあるんですよと、聞いています。
全体の記録時間数 3:38
物語の時間数 3:38
言語識別 混在
音源の質
テープ番号
予備項目1

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