この尚巴志という人は、本当はもともとの祖先は、伊平屋島の人。だがこれは、向こうでの行ないが非常に、この人の祖先、親御様の祖先は有徳な人でいらしたので、田んぼも沢山作って、難儀もしないで田んぼは立派に出来上がった。動物が踏み柔らげてくれて。すると今度は人民が、「飢饉の場合には、是非私達人民にも分けて呉れないか。」と言って、「沢山分けて呉れればいいが。」という人民の願いだが。その人(尚巴志の祖先)は、「いつまでも続けて、食べさせてやらなくてはいけない。」との考えで、少しずつ少しずつ分けてあげた。それで今度は恨まれて、「そんなに沢山あるのに、なんでもっと呉れないのか。」ということになって住民に恨まれ、島流しになった。その人は、最初は運天港に着いた。そこから今度は「貴方はここで育つものではないから、前の村に行くと、もう少し良い所があるので、そこで生活しなさい。」という神の言葉が聞こえた。それで、佐敷町の新里の部落にいらして、そこで生活した。今度はそこでは、この尚巴志は、佐敷小天按司と名を貰った。そして、「お互いの住むこの狭い沖繩で、三人のおうがたっていたのでは政治もうまく行なえないので、これは南山、北山とも倒して、自分が沖繩の王になろう。」とのことで、もう一番は南山から滅した。南山というのは、非常に地域も広く、また臣下も沢山いて良い所であった。向こうはまた、嘉手志井という有名な井戸も持っていらした。「これは、是非私の金の屏風と換えて、人民を助けなければなちない。」との考えで、尚巴志は金の屏風とそこの嘉手志井とを換えて、人民に水を与えてやった。すると今度は人民は、「物を呉れる人が私の御主人だ。」と言って。そうして(尚巴志には)味方が多くなったので、南山を滅ぼした。この南山を滅ぼしたので、また、北山に仕掛ける準備をした。北山はなかなか堅固に造られて、難かしい所だった。「さあ、これは簡単には攻め落とせないから。」と言って、「本部大原は、向こうの大将役だが、その人を手なづけて、その人に、良い方法を講じさせて攻め落としてしまおう。」との 謀らいをした。今度は、本部大原をすかして、あれに城内に火をつけさせた。そうして、その城内に火を消しに行く場面で、尚巴志の部下達が乗り込んで行って、あそこ(北山)を滅ぼした。このように、南山、北山を討伐したという、これは伝え話を我々は聞いている。
| レコード番号 | 47O371068 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C047 |
| 決定題名 | 尚巴志の三山統一(方言) |
| 話者がつけた題名 | 尚巴志の話 |
| 話者名 | 伊波栄純 |
| 話者名かな | いはえいじゅん |
| 生年月日 | 18961124 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村伊良皆 |
| 記録日 | 19770508 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第2班 |
| 元テープ番号 | 読谷村伊良皆T10A09 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集1伊良皆の民話 P259 |
| キーワード | 尚巴志,伊平屋島,飢饉,運天港,佐敷町新里,佐敷小天按司,南山,北山と,嘉手志井戸,金の屏風,人民に水,本部大原 |
| 梗概(こうがい) | この尚巴志という人は、本当はもともとの祖先は、伊平屋島の人。だがこれは、向こうでの行ないが非常に、この人の祖先、親御様の祖先は有徳な人でいらしたので、田んぼも沢山作って、難儀もしないで田んぼは立派に出来上がった。動物が踏み柔らげてくれて。すると今度は人民が、「飢饉の場合には、是非私達人民にも分けて呉れないか。」と言って、「沢山分けて呉れればいいが。」という人民の願いだが。その人(尚巴志の祖先)は、「いつまでも続けて、食べさせてやらなくてはいけない。」との考えで、少しずつ少しずつ分けてあげた。それで今度は恨まれて、「そんなに沢山あるのに、なんでもっと呉れないのか。」ということになって住民に恨まれ、島流しになった。その人は、最初は運天港に着いた。そこから今度は「貴方はここで育つものではないから、前の村に行くと、もう少し良い所があるので、そこで生活しなさい。」という神の言葉が聞こえた。それで、佐敷町の新里の部落にいらして、そこで生活した。今度はそこでは、この尚巴志は、佐敷小天按司と名を貰った。そして、「お互いの住むこの狭い沖繩で、三人のおうがたっていたのでは政治もうまく行なえないので、これは南山、北山とも倒して、自分が沖繩の王になろう。」とのことで、もう一番は南山から滅した。南山というのは、非常に地域も広く、また臣下も沢山いて良い所であった。向こうはまた、嘉手志井という有名な井戸も持っていらした。「これは、是非私の金の屏風と換えて、人民を助けなければなちない。」との考えで、尚巴志は金の屏風とそこの嘉手志井とを換えて、人民に水を与えてやった。すると今度は人民は、「物を呉れる人が私の御主人だ。」と言って。そうして(尚巴志には)味方が多くなったので、南山を滅ぼした。この南山を滅ぼしたので、また、北山に仕掛ける準備をした。北山はなかなか堅固に造られて、難かしい所だった。「さあ、これは簡単には攻め落とせないから。」と言って、「本部大原は、向こうの大将役だが、その人を手なづけて、その人に、良い方法を講じさせて攻め落としてしまおう。」との 謀らいをした。今度は、本部大原をすかして、あれに城内に火をつけさせた。そうして、その城内に火を消しに行く場面で、尚巴志の部下達が乗り込んで行って、あそこ(北山)を滅ぼした。このように、南山、北山を討伐したという、これは伝え話を我々は聞いている。 |
| 全体の記録時間数 | 3:20 |
| 物語の時間数 | 方言 |
| 言語識別 | △ |
| 音源の質 | 可 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |