阿麻和利の話といえば、名高い者らしいよ。御茶当真五良、屋良カナーと(阿麻和利)と
言って、沖繩の、その悪者として、阿麻和利という方も、御茶当真五良というのも(名高いらしい)。御茶当真五良というのは、百姓だったようである。百姓だが顔、容姿もきれいで、頭も秀れていたようである。侍の言う仕事もできたそうだ。あの琉球で、その頃の琉球追うは尚泰久王だった。尚泰久王の時代に、そこに(布令を)回して、「この首里城の御茶沸かしの人を集めるための募集をするので、望みの方は出るように。」と、布令を廻すと、この御茶当真五良が立って出たようである。出てみると、こうだったそうだよ。もう、その時から、尚泰久王にも気に入られ、器用で知恵もあるのでね。それが、お茶を沸かせば、すぐにそのお茶の半分を、自分で飲んでしまった。それで、(それに気付いた)隣りの炊事係りが、「君は、王様に差し上げるお茶を、そんなふうに、自分でついで飲んでいまのか、王様に対して済まないよ。」「でも、あの王様も、私も、王様だって生まれる時は、変わった所から生まれたわけでもない。同じ、私とちょうど同じじゃないか。何、何だね。」と言ってついで飲んでから、また、差し上げたそうである。〈お茶だけは、入れたてよりも、一杯、二杯と、飲んで後の方が味があるそうだね、昔の上茶は。〉それでまた、その慣習までも、あれは知っていて、真五良という人は知っていて、「いやいや、これは、あまりおいしくないから、もう、一杯、二杯は、お茶を飲んでから差し上げよう。」と、一杯、二杯はお茶を飲んでから、お茶を差し上げたそうである。そして、また、それから、「今日は、気分が、王様は少し、悪いそうだから、こんなお茶の入れ方をしよう。」と、そのように、王様の気分まで見て、元気な時はどのくらい、また、不元気な時はどのくらいと、そこまで分かっていた。だから(王様も)、「これは真五良を、いつまでもお茶沸かしにしよう。これが沸かすお茶は、今や、何処のお茶沸かしよりも、良いから。」と言って、もう、気に入ってしまってね。そして、その真五良という者は、バゾクなので、沢山の女郎を呼んでね。辻遊郭に行っては、百姓なんだけど、「どこそこの御殿の何者だが。」と言って行き、女郎の家で、うそをついていたそうだよ。うそをついていたそうだよ。どこそこの御殿の何男という事で。このようにして、女郎も全部だまして、もう、沢山の女郎をだましたので、しまいには、だまし屋だと王様が知った。(それで王様は)「これは、だまし屋というが、今日は試しに、私もだませるかな。?」と、彼の知恵を見ようと思い(真五良を呼んで)、「おい、真五良よ。」と言った。「はい」「君は、人をだますのが大変上手だそうだね。」と聞くと、「はい、私はもう、人を騙すことなら私より上に出る者はいないでしょうね。」と言った。(王が)「それなら君は、私でもだませるか。」と言うと、「貴殿は誰よりもだまし易い。」〈しかも、それが、尚泰久王に向かってだよ。〉「貴殿は誰よりもだまし易い。」と言ったので、「そうか、そう思うならだましてみろ。」「はい、これはなんですねろ。人をだます棒がないことには、そのままでは人間をだますことは出来ませんね。」と言った。「なら、その人をだます棒を、君は持っているか。」と言うと、「はあ、人をだます棒は持っておりません。貴殿の太刀を借して下さい。棒を切って来る間、貸して下さい。」と言ったので、「よし、棒を切って来る間だけなら、貸すから、切って来い。」と、(王様は)太刀を渡したそうだ、真五良に。太刀を渡すと、持ったままもう、知らん振りして逃げてしまった。王様もだまされたというわけさ。こんなふうに逃げたそうだ。ところで、その後は、この勝連城は、屋良カナーが治めてない頃は、茂知附按司といって、百姓を苦しめる悪者だったようである。茂知附按司という人は。 「こんな奴を長く勝連按司にしておくと、勝連の人民太刀を困らせるので、これは、いつかは、退治しなければ。」と屋良カナーは、考えていた。それで、陥し入れたそうだが、阿麻和利が勝連城を。陥し入れたので、勝連城の按司になってね、屋良カナーは。そして、陥し入れた後に、真五良というのが来て、「君は、百姓から按司になって良かったねカナー。」と、話したそうだ。「どうして君は、外門も錠を入れてあるし、内門にも錠を入れてあるのに、何処から入って来たのか。」と聞いたようですよ、阿麻和利が真五良に。「君達が、錠を入れてあったところで、私には、どんな錠でもはずして入る知恵があるんだから。」「君は、たいした奴だなあ。」と(阿麻和利は)言って話をした。(そしてまた真五良が)「だけど、君は、勝連の按司になったからといって、あまり威張ってはいけないよ。」と言うと、「何だ、また人の腹内をさぐりに来たのか。」と言ったそうだ。「君が、勝連の按司になったところで、君を討ち取って食う大虫がいるんだから。君に知恵がなければ、きっと大虫に食われてしまうだろう。」と言った。(阿麻和利が)「どうして君は、虫と比較するのが、その大虫というのは何だ。」と聞くと、「その虫というのは、護佐丸という者だ。知恵がなければ、この虫に食われてしまうだろう。」と答えた。(阿麻和利は)「この虫から退治しなければならない。」と思った。そして、(阿麻和利は)武士太刀を集めた、屋慶名などから。武士達は皆な語らい「護佐丸を退治しなければならない。」という話をした。そこで「護佐丸を退治するには、少し頭を使わなくてはいけない。大物だから、あれは。嘘をついて、尚泰久王と連絡してからでないと、すぐには倒せない。」と言った。それで、勝連から与那原から首里城へ上がって行った。そして、首里城の尚泰久王に、「護佐丸は、ここに戦いを寄せるつもりで、今、準備しているが、私は、早くそれを止めなければならないと思い、やって来ました。」と言ったか「えっ!あんなに、正直で誠実な護佐丸が、ここに戦いを寄せるといわれても、それは、信じられないね。君が、どう考えたか知らんが、あれが謀反するとは合点がゆかないね。」(と王は)言った。「そう思われるのなら、貴殿がここから使いを行かせて、あれの様子を探って来て下さい。」と言った。 その様子を探りに行く使いの者達全員に連絡して、「嘘を言うように。」と言っておいた。そして、(王様が)使いを出して、向こうの成り行きを探りに行かせると、この使者達は、「もう、夜中に(中城城)に報告した。「えっ!それは合点がゆかない事だが。」と、尚泰久は思ったのだが、もう、この使いの者が (くり返し)訴えたので、それから「そうだとすれば、一緒に、討ち退ける考えをしてくれ。」と、頼んだそうである。それでもう、阿麻和利と、首里城の臣下が、打ち合わせて、護佐丸に、戦さを仕掛けたそうだ。そうして、首里城の旗印が揚がったので、もう、その時からの護佐丸は、「これは、尚泰久とは、何の関係もないのだが、先方から戦さを寄せて来るとは,これは、不思議なことだ。」と思った。「すぐに出て戦うとすれば、親に弓を引くことになるし、これは、困った事になってしまった。」と思った。出て戦うとすれば、カナーの臣下は、どうしても護佐丸を攻めおとすことは出来なかったはずだが、あの旗印が揚がったのでね、中山の。(それで護佐丸は) 「これは、親に弓を引いてはいけない。」と、切腹したという事だが。そして、その前に、この使者というのだが、護佐丸の成り行きを聞きに行った使者の中に、一人、二人は正直者が居たんだね一人は。一人は正直者が居るが、その人が、屋良カナーの臣下と共に行って、首里城に、「今は、(城の)普請の最中である、ここ(護佐丸は謀反の準備をしているの)ではないよ。」と言って使いにいく道中で、たたき倒されてしまってね。半分死にの状態にされてしまったらしいよ。その使いの者は。それでようやくおんぶして(首里へ)連れて行ったが、もうそこで命が絶えてしまったので、訴える事だできず、(他の使いは)この屋良カナーの味方になってしまったそうである。この阿麻和利の側と、この尚泰久、中山の使者との間では、連絡ができていてね。多分に、人一人は正直者が居たんでしょうね。その人は、阿麻和利の味方にならずに、もう、本当に訴えるつもりだが、阿麻和利の方にたたきのめされてしまった。そうして、やっと息をしているというくらいなのだが、それを早く首里城に告げなければならないが、もう歩く事もできないくらいにたたきのめされていた。その連れて行った人は、荻堂大城といって〈中城城の西の方に字があるが、荻堂大城といって〉そこの百姓がおんぶして行ったそうだ。おんぶして行ったが、向こうへの途中で、命は絶えてしまい、もう、この話は、本当だという話は出来なくなった。(王府も阿麻和利の)味方になったそうだ。だから、それも、一つは、真五良が、親父(護佐丸)が強くなったので、そのために、自分が弱く思えたのでしょうね。そして(阿麻和利は)護佐丸も陥れまた、中山にも仕掛けようとしたために、逆に陥れた。だから、悪者だったんでしょうね。阿麻和利も百姓のくせに。
| レコード番号 | 47O371055 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C047 |
| 決定題名 | 御茶当真五郎とアマンジャナー(方言) |
| 話者がつけた題名 | アマンジャナーの話 |
| 話者名 | 伊波蒲戸 |
| 話者名かな | いはかまど |
| 生年月日 | 18940613 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村伊良皆 |
| 記録日 | 19770508 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第1班 |
| 元テープ番号 | 読谷村伊良皆T09A09 9B01 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 阿麻和利,御茶当真五良,屋良カナー,尚泰久王,首里城の御茶沸かし,バゾク,女郎,辻遊郭,百姓,太刀,勝連城,茂知附按司,勝連の按司,屋慶名,与那原,首里城,護佐丸,中城城,親に弓を引く,旗印,切腹,中山,荻堂大城 |
| 梗概(こうがい) | 阿麻和利の話といえば、名高い者らしいよ。御茶当真五良、屋良カナーと(阿麻和利)と 言って、沖繩の、その悪者として、阿麻和利という方も、御茶当真五良というのも(名高いらしい)。御茶当真五良というのは、百姓だったようである。百姓だが顔、容姿もきれいで、頭も秀れていたようである。侍の言う仕事もできたそうだ。あの琉球で、その頃の琉球追うは尚泰久王だった。尚泰久王の時代に、そこに(布令を)回して、「この首里城の御茶沸かしの人を集めるための募集をするので、望みの方は出るように。」と、布令を廻すと、この御茶当真五良が立って出たようである。出てみると、こうだったそうだよ。もう、その時から、尚泰久王にも気に入られ、器用で知恵もあるのでね。それが、お茶を沸かせば、すぐにそのお茶の半分を、自分で飲んでしまった。それで、(それに気付いた)隣りの炊事係りが、「君は、王様に差し上げるお茶を、そんなふうに、自分でついで飲んでいまのか、王様に対して済まないよ。」「でも、あの王様も、私も、王様だって生まれる時は、変わった所から生まれたわけでもない。同じ、私とちょうど同じじゃないか。何、何だね。」と言ってついで飲んでから、また、差し上げたそうである。〈お茶だけは、入れたてよりも、一杯、二杯と、飲んで後の方が味があるそうだね、昔の上茶は。〉それでまた、その慣習までも、あれは知っていて、真五良という人は知っていて、「いやいや、これは、あまりおいしくないから、もう、一杯、二杯は、お茶を飲んでから差し上げよう。」と、一杯、二杯はお茶を飲んでから、お茶を差し上げたそうである。そして、また、それから、「今日は、気分が、王様は少し、悪いそうだから、こんなお茶の入れ方をしよう。」と、そのように、王様の気分まで見て、元気な時はどのくらい、また、不元気な時はどのくらいと、そこまで分かっていた。だから(王様も)、「これは真五良を、いつまでもお茶沸かしにしよう。これが沸かすお茶は、今や、何処のお茶沸かしよりも、良いから。」と言って、もう、気に入ってしまってね。そして、その真五良という者は、バゾクなので、沢山の女郎を呼んでね。辻遊郭に行っては、百姓なんだけど、「どこそこの御殿の何者だが。」と言って行き、女郎の家で、うそをついていたそうだよ。うそをついていたそうだよ。どこそこの御殿の何男という事で。このようにして、女郎も全部だまして、もう、沢山の女郎をだましたので、しまいには、だまし屋だと王様が知った。(それで王様は)「これは、だまし屋というが、今日は試しに、私もだませるかな。?」と、彼の知恵を見ようと思い(真五良を呼んで)、「おい、真五良よ。」と言った。「はい」「君は、人をだますのが大変上手だそうだね。」と聞くと、「はい、私はもう、人を騙すことなら私より上に出る者はいないでしょうね。」と言った。(王が)「それなら君は、私でもだませるか。」と言うと、「貴殿は誰よりもだまし易い。」〈しかも、それが、尚泰久王に向かってだよ。〉「貴殿は誰よりもだまし易い。」と言ったので、「そうか、そう思うならだましてみろ。」「はい、これはなんですねろ。人をだます棒がないことには、そのままでは人間をだますことは出来ませんね。」と言った。「なら、その人をだます棒を、君は持っているか。」と言うと、「はあ、人をだます棒は持っておりません。貴殿の太刀を借して下さい。棒を切って来る間、貸して下さい。」と言ったので、「よし、棒を切って来る間だけなら、貸すから、切って来い。」と、(王様は)太刀を渡したそうだ、真五良に。太刀を渡すと、持ったままもう、知らん振りして逃げてしまった。王様もだまされたというわけさ。こんなふうに逃げたそうだ。ところで、その後は、この勝連城は、屋良カナーが治めてない頃は、茂知附按司といって、百姓を苦しめる悪者だったようである。茂知附按司という人は。 「こんな奴を長く勝連按司にしておくと、勝連の人民太刀を困らせるので、これは、いつかは、退治しなければ。」と屋良カナーは、考えていた。それで、陥し入れたそうだが、阿麻和利が勝連城を。陥し入れたので、勝連城の按司になってね、屋良カナーは。そして、陥し入れた後に、真五良というのが来て、「君は、百姓から按司になって良かったねカナー。」と、話したそうだ。「どうして君は、外門も錠を入れてあるし、内門にも錠を入れてあるのに、何処から入って来たのか。」と聞いたようですよ、阿麻和利が真五良に。「君達が、錠を入れてあったところで、私には、どんな錠でもはずして入る知恵があるんだから。」「君は、たいした奴だなあ。」と(阿麻和利は)言って話をした。(そしてまた真五良が)「だけど、君は、勝連の按司になったからといって、あまり威張ってはいけないよ。」と言うと、「何だ、また人の腹内をさぐりに来たのか。」と言ったそうだ。「君が、勝連の按司になったところで、君を討ち取って食う大虫がいるんだから。君に知恵がなければ、きっと大虫に食われてしまうだろう。」と言った。(阿麻和利が)「どうして君は、虫と比較するのが、その大虫というのは何だ。」と聞くと、「その虫というのは、護佐丸という者だ。知恵がなければ、この虫に食われてしまうだろう。」と答えた。(阿麻和利は)「この虫から退治しなければならない。」と思った。そして、(阿麻和利は)武士太刀を集めた、屋慶名などから。武士達は皆な語らい「護佐丸を退治しなければならない。」という話をした。そこで「護佐丸を退治するには、少し頭を使わなくてはいけない。大物だから、あれは。嘘をついて、尚泰久王と連絡してからでないと、すぐには倒せない。」と言った。それで、勝連から与那原から首里城へ上がって行った。そして、首里城の尚泰久王に、「護佐丸は、ここに戦いを寄せるつもりで、今、準備しているが、私は、早くそれを止めなければならないと思い、やって来ました。」と言ったか「えっ!あんなに、正直で誠実な護佐丸が、ここに戦いを寄せるといわれても、それは、信じられないね。君が、どう考えたか知らんが、あれが謀反するとは合点がゆかないね。」(と王は)言った。「そう思われるのなら、貴殿がここから使いを行かせて、あれの様子を探って来て下さい。」と言った。 その様子を探りに行く使いの者達全員に連絡して、「嘘を言うように。」と言っておいた。そして、(王様が)使いを出して、向こうの成り行きを探りに行かせると、この使者達は、「もう、夜中に(中城城)に報告した。「えっ!それは合点がゆかない事だが。」と、尚泰久は思ったのだが、もう、この使いの者が (くり返し)訴えたので、それから「そうだとすれば、一緒に、討ち退ける考えをしてくれ。」と、頼んだそうである。それでもう、阿麻和利と、首里城の臣下が、打ち合わせて、護佐丸に、戦さを仕掛けたそうだ。そうして、首里城の旗印が揚がったので、もう、その時からの護佐丸は、「これは、尚泰久とは、何の関係もないのだが、先方から戦さを寄せて来るとは,これは、不思議なことだ。」と思った。「すぐに出て戦うとすれば、親に弓を引くことになるし、これは、困った事になってしまった。」と思った。出て戦うとすれば、カナーの臣下は、どうしても護佐丸を攻めおとすことは出来なかったはずだが、あの旗印が揚がったのでね、中山の。(それで護佐丸は) 「これは、親に弓を引いてはいけない。」と、切腹したという事だが。そして、その前に、この使者というのだが、護佐丸の成り行きを聞きに行った使者の中に、一人、二人は正直者が居たんだね一人は。一人は正直者が居るが、その人が、屋良カナーの臣下と共に行って、首里城に、「今は、(城の)普請の最中である、ここ(護佐丸は謀反の準備をしているの)ではないよ。」と言って使いにいく道中で、たたき倒されてしまってね。半分死にの状態にされてしまったらしいよ。その使いの者は。それでようやくおんぶして(首里へ)連れて行ったが、もうそこで命が絶えてしまったので、訴える事だできず、(他の使いは)この屋良カナーの味方になってしまったそうである。この阿麻和利の側と、この尚泰久、中山の使者との間では、連絡ができていてね。多分に、人一人は正直者が居たんでしょうね。その人は、阿麻和利の味方にならずに、もう、本当に訴えるつもりだが、阿麻和利の方にたたきのめされてしまった。そうして、やっと息をしているというくらいなのだが、それを早く首里城に告げなければならないが、もう歩く事もできないくらいにたたきのめされていた。その連れて行った人は、荻堂大城といって〈中城城の西の方に字があるが、荻堂大城といって〉そこの百姓がおんぶして行ったそうだ。おんぶして行ったが、向こうへの途中で、命は絶えてしまい、もう、この話は、本当だという話は出来なくなった。(王府も阿麻和利の)味方になったそうだ。だから、それも、一つは、真五良が、親父(護佐丸)が強くなったので、そのために、自分が弱く思えたのでしょうね。そして(阿麻和利は)護佐丸も陥れまた、中山にも仕掛けようとしたために、逆に陥れた。だから、悪者だったんでしょうね。阿麻和利も百姓のくせに。 |
| 全体の記録時間数 | 11:44 |
| 物語の時間数 | 方言 |
| 言語識別 | ◎ |
| 音源の質 | 可 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |