継子話 竹の子探し 井戸掘り 毒入り弁当(方言)

概要

昔、あの継親が重い病気にかかって、「私の病気は竹の子を食べないと治らない。」と言
って、その継親は(継子に)寒い思いをさせて殺すつもりであった。山に言って、十二月頃。〈今頃だ、今頃というと竹の子なんてどこに行ってもないね。あれは六月から後に生えるから。〉それでもう(継子は)、泣く泣く寒い思いをしながら出て行って竹の子を探しに行って、どこを歩いてももう竹の子はないわけだ。霰が積もっているのだから。この子はもう、そこで寝て一晩は寝ていると、神様がお助けになったんでしょうね。「どうしても竹の子を探させて下さい。見つけさせて下さい。」と。そうすると自然に竹の子が出てきてね、もう、自然と竹の親元から。それで、(継子はその竹の子を)持って行って、お母さんに差し上げて、煮て差し上げた。「この子はもう、こんなにしても死なないから、またもう一つ計略をたてないといけない。」と言って、今度は(継子に)井戸を掘らせるわけだ、井戸を、つるべ井戸ね。それを掘らせて今度は、井戸を一生懸命掘ると、井戸を掘り終わると殺す考えだね。それで、その継子は、叔父さんから習っていたので、「井戸を掘り終わったら横に少し、君は自分の入れるくらいの隠れ穴を作っておきなさい。」と。継親は、(継子が)つるべ井戸を掘って「できた。」と言ったら、「終わりました。」と言って下りて行くときに押し殺す考えだね、石を落として。そして、(継子が)降りて行ってきれいに掃除し、「もうできた。」と言うと、黒い硬い石を持って行って落としたわけだね継親が。落としたら、ほら、継子は隠れているでしょう。(継子は助かって)忍んで、井戸の上にはい上がって忍んできた。それでも死なないわけだ、継子は。今度はまた、学校時代に、(継子は)死なないので、話は前後するが、学校時代に、嫡子と二男のうち、自分の産んだ子は二男で、嫡子は継子であるわけ。この嫡子にはいつも芋弁当、自分の産んだ子供にはいつも御飯だったようだよ。(その日は嫡子にも)御飯だったので、今度は受け持ちの先生が「不思議だな、この子供二人は、一人は継子、一人は実子だが、あれまあ、(嫡子の)弁当がいつもと変わっていること。」と。昔の先生は責任感が強かったでしょう。皆なの食べる弁当を眺めながら、「君が食べる弁当はちょっと待っていなさいね。」と言って、先生もわかっていらっしゃるのだから。そして、この弁当から食物を取って、広場から鶏が歩いていたんだろうね。それに食わせると、鶏はそれを食って死んだそうだ。そこで、今度は学校から先生が(子供を)連れて行って注意したわけだ、「貴方は、このようにして子供をしつけるのか。」と。そうしたら、その時から少しは治ったそうだ。その継親の心もちょっとは直ったそうだ。継親というのは、こんなにば昔は継子をいじめた。親は子にとっては恐いでしょう。いつも「はい、はい」して、どんなにいじめらても。だからこのことは先生にもわからない。欠点というのは掴めないでしょう、後には、その弁当のことからわかったという話なんだ。〈継子が、井戸を掘るというのは別だが、あの竹の子を探しに行くと、この学校に弁当というとなしは、学校に通っている時代の継親の扱いが、指導が悪かったわけだ、昔のの継親ね。いや、今はそのようにする人はいらっしゃらないよ、同じようにかわいがってね、今の子供達は、始めにも説明しただろう、自分の子も他人の子も皆な同じくかわいい。だけど、昔の人は、何が欠けていたのか、継子の区別があったと。私にはわからない。〉

再生時間:4:57

民話詳細DATA

レコード番号 47O370874
CD番号 47O37C040
決定題名 継子話 竹の子探し 井戸掘り 毒入り弁当(方言)
話者がつけた題名 継子話
話者名 照屋牛
話者名かな てるやうし
生年月日 19080904
性別
出身地 沖縄県読谷村喜名
記録日 19770223
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第6班
元テープ番号 読谷村伊良皆T03B02
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 本格昔話
発句(ほっく) んかし
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集1伊良皆の民話 P116
キーワード 継親,重い病気,竹の子,継子,寒い思い,殺す,山,十二月頃,神様,井戸掘り,黒い硬い石,実子,御飯,鶏,死んだ
梗概(こうがい) 昔、あの継親が重い病気にかかって、「私の病気は竹の子を食べないと治らない。」と言 って、その継親は(継子に)寒い思いをさせて殺すつもりであった。山に言って、十二月頃。〈今頃だ、今頃というと竹の子なんてどこに行ってもないね。あれは六月から後に生えるから。〉それでもう(継子は)、泣く泣く寒い思いをしながら出て行って竹の子を探しに行って、どこを歩いてももう竹の子はないわけだ。霰が積もっているのだから。この子はもう、そこで寝て一晩は寝ていると、神様がお助けになったんでしょうね。「どうしても竹の子を探させて下さい。見つけさせて下さい。」と。そうすると自然に竹の子が出てきてね、もう、自然と竹の親元から。それで、(継子はその竹の子を)持って行って、お母さんに差し上げて、煮て差し上げた。「この子はもう、こんなにしても死なないから、またもう一つ計略をたてないといけない。」と言って、今度は(継子に)井戸を掘らせるわけだ、井戸を、つるべ井戸ね。それを掘らせて今度は、井戸を一生懸命掘ると、井戸を掘り終わると殺す考えだね。それで、その継子は、叔父さんから習っていたので、「井戸を掘り終わったら横に少し、君は自分の入れるくらいの隠れ穴を作っておきなさい。」と。継親は、(継子が)つるべ井戸を掘って「できた。」と言ったら、「終わりました。」と言って下りて行くときに押し殺す考えだね、石を落として。そして、(継子が)降りて行ってきれいに掃除し、「もうできた。」と言うと、黒い硬い石を持って行って落としたわけだね継親が。落としたら、ほら、継子は隠れているでしょう。(継子は助かって)忍んで、井戸の上にはい上がって忍んできた。それでも死なないわけだ、継子は。今度はまた、学校時代に、(継子は)死なないので、話は前後するが、学校時代に、嫡子と二男のうち、自分の産んだ子は二男で、嫡子は継子であるわけ。この嫡子にはいつも芋弁当、自分の産んだ子供にはいつも御飯だったようだよ。(その日は嫡子にも)御飯だったので、今度は受け持ちの先生が「不思議だな、この子供二人は、一人は継子、一人は実子だが、あれまあ、(嫡子の)弁当がいつもと変わっていること。」と。昔の先生は責任感が強かったでしょう。皆なの食べる弁当を眺めながら、「君が食べる弁当はちょっと待っていなさいね。」と言って、先生もわかっていらっしゃるのだから。そして、この弁当から食物を取って、広場から鶏が歩いていたんだろうね。それに食わせると、鶏はそれを食って死んだそうだ。そこで、今度は学校から先生が(子供を)連れて行って注意したわけだ、「貴方は、このようにして子供をしつけるのか。」と。そうしたら、その時から少しは治ったそうだ。その継親の心もちょっとは直ったそうだ。継親というのは、こんなにば昔は継子をいじめた。親は子にとっては恐いでしょう。いつも「はい、はい」して、どんなにいじめらても。だからこのことは先生にもわからない。欠点というのは掴めないでしょう、後には、その弁当のことからわかったという話なんだ。〈継子が、井戸を掘るというのは別だが、あの竹の子を探しに行くと、この学校に弁当というとなしは、学校に通っている時代の継親の扱いが、指導が悪かったわけだ、昔のの継親ね。いや、今はそのようにする人はいらっしゃらないよ、同じようにかわいがってね、今の子供達は、始めにも説明しただろう、自分の子も他人の子も皆な同じくかわいい。だけど、昔の人は、何が欠けていたのか、継子の区別があったと。私にはわからない。〉
全体の記録時間数 4:57
物語の時間数 4:57
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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