それから、ある大晦日の晩のことであったそうだ。大晦日の晩のことだが、 〈あらちでは変わっているかも知れないが、ここの話で昔の話だったが〉大晦日の晩だったそうだが、童や子供達もこれだけの使用人にも年を越させて、皆な家に、各々の家に、自分の家に行くでしょう。家に、下男下女たちも。(皆)帰ってしまうと、女中一人は後で台所の片付けをするので、女中一人が残っていた。〈そこはもう昔は釜を、酒釜といって土を塗って大きく造ってあったでしょう。土でね。ほら、人が隠れるくらいに大きく。火を燃やす所から入って行くと、人でも何でもこうして隠れることができる程、大きな釜を塗っていたものだ。〉その女中が、そこの台所を片付けている時に、そこに(釜の仲に)人が這って入って行くんだってその釜の仲に。するとこの女中も、大変に面白い女だったのでしょうね。それでもう(女は)ハカマを側に引き下して「これは盗人だろう」と思って、「この恰好を見てんこの盗人は笑うだろうか、またはどうするのだろうか」と考えてね。そして片足を持ち上げて、また持ち上げながらハカマを脱ぎ、この女中は尻をバシッと放って「御釜が放ったのか、私が放っかのか」と(言いながら)跳び廻った。跳び廻っていたという話だけどね、まあ、まず。そうしたら、この盗人はもう、我慢できずに「いひー」と笑ったそうだ。それでその女中が、そこから引っ張り出した。そうすると、「何だ、どうしたんだ」と主人が酔っていながら聞いた。主人はいらっしゃって、「お前は、ここに盗みに来たのか、どうなんだ。」と尋ねたそうだ、主人が。「私は、盗人ではありません。私には子供達が沢山おりますが、年越しをさせる正月を祝うお金もありません。ここに来れば、こちらが年越しに供え物をしたおにぎりが、少しでもあれば持って行って、年越しをさせるのにと思いやって来ました。」と言ったんだって、そこの主人に。そう言うと「そうか、お前はそれで来たのか。じゃ、それなら,持って行って年越しをさせなさい」と行って、そこから、御馳走を持たせて下さったそうだ。こういう話もあった。また芋も何も(なくて)餓死してしまいそうな所は、もうあちら(城間仲)に頼ろうとやってきた。すると(城間仲は)畑も何も、畑仕事の端緒もこのように分けてやり、「ここから自分で行って掘って食べなさいね」と行ってくれたそうだ。偉人というのは心のできも良く、心も立派でね。そういうことで、城間仲の財産は、昔から、いつも同じで変わることが無かったという話があったが‥‥。〈貴男も妻を娶り、貴女も恩とを持って子供を産めば、孫や子どもたちに「私達は、読谷のどこそこのお婆さんから、話を聞いたのだよ。」と話して上げる話さ私達が、今している話は‥‥。〉
| レコード番号 | 47O370842 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C038 |
| 決定題名 | 城間仲 盗人(方言) |
| 話者がつけた題名 | 城間仲 |
| 話者名 | 呉屋ナへ |
| 話者名かな | ごやなへ |
| 生年月日 | 18850504 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村伊良皆 |
| 記録日 | 19770224 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第5班 |
| 元テープ番号 | 読谷村伊良皆T02B04 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集1伊良皆の民話 P138 |
| キーワード | 大晦日の晩,子供達,使用人,年越し,下男下女,台所の片付け,盗人,尻,正月,供え物,芋,畑仕事,財産 |
| 梗概(こうがい) | それから、ある大晦日の晩のことであったそうだ。大晦日の晩のことだが、 〈あらちでは変わっているかも知れないが、ここの話で昔の話だったが〉大晦日の晩だったそうだが、童や子供達もこれだけの使用人にも年を越させて、皆な家に、各々の家に、自分の家に行くでしょう。家に、下男下女たちも。(皆)帰ってしまうと、女中一人は後で台所の片付けをするので、女中一人が残っていた。〈そこはもう昔は釜を、酒釜といって土を塗って大きく造ってあったでしょう。土でね。ほら、人が隠れるくらいに大きく。火を燃やす所から入って行くと、人でも何でもこうして隠れることができる程、大きな釜を塗っていたものだ。〉その女中が、そこの台所を片付けている時に、そこに(釜の仲に)人が這って入って行くんだってその釜の仲に。するとこの女中も、大変に面白い女だったのでしょうね。それでもう(女は)ハカマを側に引き下して「これは盗人だろう」と思って、「この恰好を見てんこの盗人は笑うだろうか、またはどうするのだろうか」と考えてね。そして片足を持ち上げて、また持ち上げながらハカマを脱ぎ、この女中は尻をバシッと放って「御釜が放ったのか、私が放っかのか」と(言いながら)跳び廻った。跳び廻っていたという話だけどね、まあ、まず。そうしたら、この盗人はもう、我慢できずに「いひー」と笑ったそうだ。それでその女中が、そこから引っ張り出した。そうすると、「何だ、どうしたんだ」と主人が酔っていながら聞いた。主人はいらっしゃって、「お前は、ここに盗みに来たのか、どうなんだ。」と尋ねたそうだ、主人が。「私は、盗人ではありません。私には子供達が沢山おりますが、年越しをさせる正月を祝うお金もありません。ここに来れば、こちらが年越しに供え物をしたおにぎりが、少しでもあれば持って行って、年越しをさせるのにと思いやって来ました。」と言ったんだって、そこの主人に。そう言うと「そうか、お前はそれで来たのか。じゃ、それなら,持って行って年越しをさせなさい」と行って、そこから、御馳走を持たせて下さったそうだ。こういう話もあった。また芋も何も(なくて)餓死してしまいそうな所は、もうあちら(城間仲)に頼ろうとやってきた。すると(城間仲は)畑も何も、畑仕事の端緒もこのように分けてやり、「ここから自分で行って掘って食べなさいね」と行ってくれたそうだ。偉人というのは心のできも良く、心も立派でね。そういうことで、城間仲の財産は、昔から、いつも同じで変わることが無かったという話があったが‥‥。〈貴男も妻を娶り、貴女も恩とを持って子供を産めば、孫や子どもたちに「私達は、読谷のどこそこのお婆さんから、話を聞いたのだよ。」と話して上げる話さ私達が、今している話は‥‥。〉 |
| 全体の記録時間数 | 3:08 |
| 物語の時間数 | 3:08 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |