久良波首里殿内(方言)

概要

久良波首里殿内といって、久良波の村にあったようだ。そこには旅人が、那覇から来るのも泊まるし、山原から来るのも泊まったりして、旅人の宿になっていたようだね。しかし、そこへ入っていく人はいるが、誰も出てはこなかった。しだいに、隣や村の人々も気付いてきて、「久良波首里殿内に入る人はいるが出て行く人はいない。」と、歌もあったようだが。そして、その事はすべて公儀に知れわたった。公儀からだったのでしょうか、公儀にいる、ちょうど現在の刑事にあたる人が、そこへ泊まりに行ったわけだね。やはり、うわさどうりで、そこの両親はいろいろと接待をし、一人娘もつききりで、その男の世話をさせていた。それで、その人はもういつもそういう感があり、話も聞いているので、「そのとうりなんだな。」と就寝した。しかし、その女の被っているものは変わっていたそうだ。そしたら、男は、女の被り物は自分が被って自分が被っていたのはその人に被って知らんふりしていた。そうしているうちに、すぐそこの夫婦がきて自分の子を殺したようだね。殺して抱きかかえて行ったそのすきに、男は逃げ出していった。そして、その翌日、男は知らないかぶりをして久良波首里殿内のそばを通ると、夫婦は首をつって死んでいたという話がありましたが。それから、その人もただの人ではなく、刑事と同じようなもので、公儀まで知れわたり、そこから調べのために行かされたという話もあります。その男はね。今も(その屋敷はあるが)私達が成長してまでも、そこは畑になっていた。深く掘っていくとすぐ骨が出るという話もありましたが。現在は部落はないが、そのような事もあったのかどうか分りませんが。

再生時間:3:03

民話詳細DATA

レコード番号 47O370775
CD番号 47O37C035
決定題名 久良波首里殿内(方言)
話者がつけた題名 久良波首里殿内
話者名 神谷カマド
話者名かな かみやかまど
生年月日 19020608
性別
出身地 沖縄県読谷村瀬名波
記録日 19810425
記録者の所属組織 読谷ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村瀬名波T10B02
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集4瀬名波の民話 P271
キーワード 久良波首里殿内,那覇,山原,旅人の宿,一人娘,畑から骨
梗概(こうがい) 久良波首里殿内といって、久良波の村にあったようだ。そこには旅人が、那覇から来るのも泊まるし、山原から来るのも泊まったりして、旅人の宿になっていたようだね。しかし、そこへ入っていく人はいるが、誰も出てはこなかった。しだいに、隣や村の人々も気付いてきて、「久良波首里殿内に入る人はいるが出て行く人はいない。」と、歌もあったようだが。そして、その事はすべて公儀に知れわたった。公儀からだったのでしょうか、公儀にいる、ちょうど現在の刑事にあたる人が、そこへ泊まりに行ったわけだね。やはり、うわさどうりで、そこの両親はいろいろと接待をし、一人娘もつききりで、その男の世話をさせていた。それで、その人はもういつもそういう感があり、話も聞いているので、「そのとうりなんだな。」と就寝した。しかし、その女の被っているものは変わっていたそうだ。そしたら、男は、女の被り物は自分が被って自分が被っていたのはその人に被って知らんふりしていた。そうしているうちに、すぐそこの夫婦がきて自分の子を殺したようだね。殺して抱きかかえて行ったそのすきに、男は逃げ出していった。そして、その翌日、男は知らないかぶりをして久良波首里殿内のそばを通ると、夫婦は首をつって死んでいたという話がありましたが。それから、その人もただの人ではなく、刑事と同じようなもので、公儀まで知れわたり、そこから調べのために行かされたという話もあります。その男はね。今も(その屋敷はあるが)私達が成長してまでも、そこは畑になっていた。深く掘っていくとすぐ骨が出るという話もありましたが。現在は部落はないが、そのような事もあったのかどうか分りませんが。
全体の記録時間数 3:03
物語の時間数 3:03
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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