大東島の始まり(方言)

概要

昔、ヒジャースーという人がいて、その人は唐船の船頭だったそうだが、大東島はその人が見つけたということである。もう、その島に、鳥と山羊を持って行って放し、それが育つのなら、人間も住めるという考えで、山羊と鳥を持って行って放した。それで(大東島を)開拓するときには、山羊と鳥はたくさんいたという話である。〈私が十七、八才頃に開拓は始まっていると思うがここにも募集があって、開拓しに行ったがね、そのときまでも鳥と山羊は多かった。〉そして、その人はそこに、〈昔の人の名はぜんぜん分らないがね、〉そこに山羊を放されたので、このときからヒージャースーという名が付いたという話である。この人は唐船船頭だったそうだが、名まえは何ていったのかそれは分らない。昔は、私の親達が、「わたしたちの沖縄の東南の方にウフアガリジマというのがあるよね。」と、いつも言われていた。だから、その島は沖縄の人が早く見つけたのだが、最初に住み始めたのは八丈島の人だったという話である。

再生時間:1:55

民話詳細DATA

レコード番号 47O370719
CD番号 47O37C033
決定題名 大東島の始まり(方言)
話者がつけた題名 大東島の始まり
話者名 神谷カマド
話者名かな かみやかまど
生年月日 19020608
性別
出身地 沖縄県読谷村瀬名波
記録日 19810424
記録者の所属組織 読谷ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村瀬名波T09A02
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 伝説
発句(ほっく) んかし
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集4瀬名波の民話 P175
キーワード ヒジャースー,唐船,船頭,大東島,鳥と山羊,ウフアガリジマ,八丈島
梗概(こうがい) 昔、ヒジャースーという人がいて、その人は唐船の船頭だったそうだが、大東島はその人が見つけたということである。もう、その島に、鳥と山羊を持って行って放し、それが育つのなら、人間も住めるという考えで、山羊と鳥を持って行って放した。それで(大東島を)開拓するときには、山羊と鳥はたくさんいたという話である。〈私が十七、八才頃に開拓は始まっていると思うがここにも募集があって、開拓しに行ったがね、そのときまでも鳥と山羊は多かった。〉そして、その人はそこに、〈昔の人の名はぜんぜん分らないがね、〉そこに山羊を放されたので、このときからヒージャースーという名が付いたという話である。この人は唐船船頭だったそうだが、名まえは何ていったのかそれは分らない。昔は、私の親達が、「わたしたちの沖縄の東南の方にウフアガリジマというのがあるよね。」と、いつも言われていた。だから、その島は沖縄の人が早く見つけたのだが、最初に住み始めたのは八丈島の人だったという話である。
全体の記録時間数 1:55
物語の時間数 1:55
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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