あのね昔、那覇に伊野波のモーイという人が生まれておったそうだ。その人は偉いお方の子供であったそうだが、今でこそ学校へ、朝、皆揃って行くのであって、昔は人の家に先生を迎えて習うので、自分一人だけで習ってもいいし、学べばいいので、自分はさっと早起きして(早目に)行き、皆が来る間には、字も習い終え、皆が出てくる頃になると、家に帰った。帰る途中、(昔は髪を結っていたから)髪の毛もほどいてふりみだし、道端で蛙をぶったり、捕まえたりして始終遊んでばかりいたそうだ。それだから、人々は「伊野波のバカ、モーイはバカな者だ。」としか思ってなかったらしいが、しかし頭は良かったそうだ。それに背丈も高かった。そんな彼を人々の間では、いつもそのようにバカな者としか見てなかったようだね。だけども、親も偉い人なので、年頃になったモーイは婚約もしていたが、その女の家へ一人で鶏を持って忍び込んで行き、そこで(彼女を見たさに)鶏を飛ばして会ったという話。それからまた、隣の家との境にミカンの木があったようだが、その木は自分達の物だが、隣の家まで(枝が)のびていて、その実を隣の人が取っていたのかどうかは分らないが、(実が熟れる頃になると)モーイは(ミカンの枝が隣までのびないようにオモシとして)豚を吊してあったという話なんだ。(モーイが)大人になった頃に、モーイの父親が薩摩から、色々な難問をもちかけられた。(例えば)灰縄のように。それで、父親は非常に心配して、ただ黙ってうなだれているばかりであった。(モーイが)「どうして、そんなに心配なさっているんですか。」と聞くと、「こんな、こんなで薩摩から難問が出されているんだが。」と言った。「そのような事で心配しているのですか。この私を(代わりに)行かせて下さい。」というわけでモーイが(薩摩に)行ったという話だ。そして、その灰縄なんだが、縄を綯い、それを箱の中に入れて焼き、(それで灰縄を作って持って行った。)又、雄鶏の卵というのは、薩摩の人に「父親はどうした、父親を呼んだのに君が来たのか。」と聞かれたので「それが、私の父親が産気づいたので私が代わりに来ました。」と答えた。(すると)「ハッハッハー。」と笑って「男の人がどうして子供を産むことができるか。」というと、すかさず「それじゃ、雄鶏が卵を産みますか。」と言い負かしたという話なんだ。それから又、「ずっと向うにある恩納岳を持って来なさい。」と命じられたので、「貴殿達が恩納岳を積める(大きさの)船を造って持って来るなら、私達は恩納岳を積んで持って行きましょう。」と答えて、その問題も(モーイが)勝ったという話なんだ。
| レコード番号 | 47O370702 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C033 |
| 決定題名 | モーイ親方(方言) |
| 話者がつけた題名 | モーイ親方 |
| 話者名 | 神谷カマド |
| 話者名かな | かみやかまど |
| 生年月日 | 19020608 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村瀬名波 |
| 記録日 | 19770815 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第10班 |
| 元テープ番号 | 読谷村瀬名波T08A06 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 笑話 |
| 発句(ほっく) | あぬーんかし |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集4瀬名波の民話 P150 |
| キーワード | ,那覇,伊野波のモーイ,髪もバサバサ,蛙,バカな者,婚約,鶏,隣の家,ミカン,豚,モーイの父親,薩摩,難問,灰縄,雄鶏の卵,父親が産気づいた,恩納岳,恩納岳を積む船 |
| 梗概(こうがい) | あのね昔、那覇に伊野波のモーイという人が生まれておったそうだ。その人は偉いお方の子供であったそうだが、今でこそ学校へ、朝、皆揃って行くのであって、昔は人の家に先生を迎えて習うので、自分一人だけで習ってもいいし、学べばいいので、自分はさっと早起きして(早目に)行き、皆が来る間には、字も習い終え、皆が出てくる頃になると、家に帰った。帰る途中、(昔は髪を結っていたから)髪の毛もほどいてふりみだし、道端で蛙をぶったり、捕まえたりして始終遊んでばかりいたそうだ。それだから、人々は「伊野波のバカ、モーイはバカな者だ。」としか思ってなかったらしいが、しかし頭は良かったそうだ。それに背丈も高かった。そんな彼を人々の間では、いつもそのようにバカな者としか見てなかったようだね。だけども、親も偉い人なので、年頃になったモーイは婚約もしていたが、その女の家へ一人で鶏を持って忍び込んで行き、そこで(彼女を見たさに)鶏を飛ばして会ったという話。それからまた、隣の家との境にミカンの木があったようだが、その木は自分達の物だが、隣の家まで(枝が)のびていて、その実を隣の人が取っていたのかどうかは分らないが、(実が熟れる頃になると)モーイは(ミカンの枝が隣までのびないようにオモシとして)豚を吊してあったという話なんだ。(モーイが)大人になった頃に、モーイの父親が薩摩から、色々な難問をもちかけられた。(例えば)灰縄のように。それで、父親は非常に心配して、ただ黙ってうなだれているばかりであった。(モーイが)「どうして、そんなに心配なさっているんですか。」と聞くと、「こんな、こんなで薩摩から難問が出されているんだが。」と言った。「そのような事で心配しているのですか。この私を(代わりに)行かせて下さい。」というわけでモーイが(薩摩に)行ったという話だ。そして、その灰縄なんだが、縄を綯い、それを箱の中に入れて焼き、(それで灰縄を作って持って行った。)又、雄鶏の卵というのは、薩摩の人に「父親はどうした、父親を呼んだのに君が来たのか。」と聞かれたので「それが、私の父親が産気づいたので私が代わりに来ました。」と答えた。(すると)「ハッハッハー。」と笑って「男の人がどうして子供を産むことができるか。」というと、すかさず「それじゃ、雄鶏が卵を産みますか。」と言い負かしたという話なんだ。それから又、「ずっと向うにある恩納岳を持って来なさい。」と命じられたので、「貴殿達が恩納岳を積める(大きさの)船を造って持って来るなら、私達は恩納岳を積んで持って行きましょう。」と答えて、その問題も(モーイが)勝ったという話なんだ。 |
| 全体の記録時間数 | 3:57 |
| 物語の時間数 | 3:57 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |