継子話 カラスと弁当(方言)

概要

ある所にね、継親と継子がいたようだ。そこの父親は亡くなって、この世にはいない。それで、継子と暮らしていたようだが、継親はもう毎日悪い行いをして、食べ物も与えなかった。意地悪をしていたというが。そんなある時に、弁当はいつも小さい芋を持って来るのに、その日に限って、弁当を持って来たんだって。その子も少し幸運者だったんでしょう。大変利口な者だった。それで先生の所へ持って行き、「ねえ先生、私はいつも粗末な物だが、今日はお母さんが御飯を炊いて持たせてくれたよ。」と言うと、その時には、また先生が、「そうそれでは、君は今日の弁当は食べずに私の物から食べなさい。」と言って、彼の弁当から分けて食べさせてくれた。そしてその継親が持たせてくれた御飯は、学校で飼っているアヒルにやったようだ。すると、そのアヒルはその御飯を食べてすぐバタバタと死んでしまった。死んだから、「ああ、そうだったのか。」と、先生は気がつき、「君は、今日は家に帰りなさい、私が後から追って行くから。」とおっしゃった。そしてその子を帰し、先生も後を追ったようだ。そうして、その子が帰ってみると、継親が「まだ生きて帰ってきたな。」と言い、その子を縛りつけて俵に入れて家の隅に押し込めてしまった。また継親は、その子にかけようと思い、湯を沸かそうとした。そうしているときに、先生が、「こんにちわ。」と言ってやって来て、「あの子は、どこに行ったのですか。」と聞いた。継親がその子に何をしたかも分らないけど、「あの子はどこに行ったのか。」と聞くと、「今、用事に行かせてある。」と継親は答えた。そしたら、その子は隅に押し込められているのだから、「先生、私はここにいますよ。」と、呼んだようだ。先生が行ってみると、気の毒にも縛られて俵に入れられ、もう押し込められていたって。それから、その子を先生が助け出した。その時から、その継母は、周囲の人々に知れた。私が知っている方で、今、九十一歳になられる年寄りが、学校へ行っている頃の話。それで、学校まで連れて来て皆に見せるつもりだったようだが、そうはしなかったそうだ。そうしなかったというが、その継親は家を飛び出して行方不明になり、どこへ行ったか、どこで亡くなったのか、そのままずっと分らないままになってしまったそうだ。私の知っている九十一歳になられる方が、学校に通っている頃だから、これは明治時代のことでしょうね。

再生時間:3:03

民話詳細DATA

レコード番号 47O370605
CD番号 47O37C029
決定題名 継子話 カラスと弁当(方言)
話者がつけた題名 継子話
話者名 神谷カマド
話者名かな かみやかまど
生年月日 19020608
性別
出身地 沖縄県読谷村瀬名波
記録日 19761114
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第13班
元テープ番号 読谷村瀬名波T05A03
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 本格昔話
発句(ほっく) あるとぅくるんかい
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集4瀬名波の民話 P102
キーワード 継親と継子,父親は亡くなり,継親は毎日悪い行い,食べ物も与えなかった,意地悪,弁当,小さい芋,大変利口者,先生,御飯の弁当,継母の弁当はアヒルにやった,アアヒルは死んだ,継子を縛りつけ俵に入れた,湯を沸かして子にかける,
梗概(こうがい) ある所にね、継親と継子がいたようだ。そこの父親は亡くなって、この世にはいない。それで、継子と暮らしていたようだが、継親はもう毎日悪い行いをして、食べ物も与えなかった。意地悪をしていたというが。そんなある時に、弁当はいつも小さい芋を持って来るのに、その日に限って、弁当を持って来たんだって。その子も少し幸運者だったんでしょう。大変利口な者だった。それで先生の所へ持って行き、「ねえ先生、私はいつも粗末な物だが、今日はお母さんが御飯を炊いて持たせてくれたよ。」と言うと、その時には、また先生が、「そうそれでは、君は今日の弁当は食べずに私の物から食べなさい。」と言って、彼の弁当から分けて食べさせてくれた。そしてその継親が持たせてくれた御飯は、学校で飼っているアヒルにやったようだ。すると、そのアヒルはその御飯を食べてすぐバタバタと死んでしまった。死んだから、「ああ、そうだったのか。」と、先生は気がつき、「君は、今日は家に帰りなさい、私が後から追って行くから。」とおっしゃった。そしてその子を帰し、先生も後を追ったようだ。そうして、その子が帰ってみると、継親が「まだ生きて帰ってきたな。」と言い、その子を縛りつけて俵に入れて家の隅に押し込めてしまった。また継親は、その子にかけようと思い、湯を沸かそうとした。そうしているときに、先生が、「こんにちわ。」と言ってやって来て、「あの子は、どこに行ったのですか。」と聞いた。継親がその子に何をしたかも分らないけど、「あの子はどこに行ったのか。」と聞くと、「今、用事に行かせてある。」と継親は答えた。そしたら、その子は隅に押し込められているのだから、「先生、私はここにいますよ。」と、呼んだようだ。先生が行ってみると、気の毒にも縛られて俵に入れられ、もう押し込められていたって。それから、その子を先生が助け出した。その時から、その継母は、周囲の人々に知れた。私が知っている方で、今、九十一歳になられる年寄りが、学校へ行っている頃の話。それで、学校まで連れて来て皆に見せるつもりだったようだが、そうはしなかったそうだ。そうしなかったというが、その継親は家を飛び出して行方不明になり、どこへ行ったか、どこで亡くなったのか、そのままずっと分らないままになってしまったそうだ。私の知っている九十一歳になられる方が、学校に通っている頃だから、これは明治時代のことでしょうね。
全体の記録時間数 3:03
物語の時間数 3:03
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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