モーイ親方の由来記を、すこしばかり話でみようと思いますが。モーイ親方という人は、幼少の頃は、すごく馬鹿者じみた人であった。お父さん、お母さんは、いつも学問を勧めていたが、学校へ行かしても、途中で道草を食って遊んでばかりで、学校へも行かなかった。またお母さん、お父さんがいないときは床下に隠れて、床下に入って勉強していたといううわさ話もあったが、これは何が本当か分らない。ある時、学校に行く道中で、蛙が持っている玉をみて、その玉を取って口の中にふくんでいると呑み込んでしまった。それから、だんだんと秀れていったという話も聞こえるが。やはり、モーイは伊野波殿内の子なので、一応親方につくには小手調べをしなければならなかった。その試験の日がやってきて、受験しにと行ったようだね。お父さんお母さんは、モーイにきれいな衣裳を着せて装わせて行かせたのだが、小手調べでは役にも立たなかった。家に帰ると、お父さんお母さんに、すごく叱られ、しつけられたようだ。すると、「あヽこれはお母さんゆえに私はできが悪かった、きょうはできなかった。こんなにたくさんの油のついた肉をあげるから私はダメだったんだ。脳がトロ、トロッとしてね、それで試験も落っこちてしまったわけだ。」と言って、いつもこういうふうにとぼけていて、世間にもそのように見られていた。物心つくようになった頃でも、いつも雄鶏を脇にかかえて、隣の子供達と遊び歩いていた。それで、両親も「おまえに何ができるか、もうこれは何もできない。」と見捨てていたようだ。そうしているうちに、薩摩の国から、灰縄と雄鶏の卵、それからガーナー森を根こそぎ壊して持ってこいとの要請があった。さて、この問題ならば、毛泰永にしかできないということで、毛泰永が内地に行くことになった。毛泰永も、そんな年でもないし、「いいえ、そのような責任のある仕事は私にはできない。」と、一応断ったようだが、「あなた以外にできる人はいないし、またあなたならできる。」ということになった。モーイの父親は)家に帰ってくると、夕飯ものどからおちないくらい心配していたようだ。その長男である馬鹿のモーイが、「どうしてお父さん、そのくらいの問題にこんなに心配するとは、私ができます、貴方の代わりに私を行かせて下さい。」と言った。「何をいうか馬鹿者! おまえは学校にも行かずに今まで人にも見捨てられていて、毎日、雄鶏ばかり抱いて歩いているのに、おまえにそんな問題が解けるか。」「私ができますので行かせて下さい。」「そうならば、もう上様に御願いしてみよう。おまえがそんなに言うのであれば行かせてもいいのでね。」ということになった。いよいよ、この伊野波のモーイが行くことになったようだ。そして薩摩に行ってみると、「おまえは伊野波という者か。」「いいえ、伊野波という者は、私の親でありますが、私が親の代わりに来ました。」「私はお父さんを呼んだはずなのに、どうしておまえが来たのか。」「父は産気づいていて、現在お産の準備で来ることができなくて私が来ました。」と、モーイ親方は言った。そのように言ったので、殿様は「女が子を産むのであって、男にも子が産めるか。」と言うと、「貴方はそうおっしゃいますが、薩摩の命令は雄鶏の卵を持って来いとのことだが、雄鶏にも卵が産めますか。」と言って、このように解決したようだ。「ではそれでよろしい。この問題はおまえに負けたのでもうよい。それから灰縄は持ってきたか。」と聞いた。「はい、灰縄はりっぱに綯って持ってきました。」そして、それを見せると、「あ、なるほど、りっぱな物だ。」と言った。縄を綯って、そのまま焼いて灰縄にして持って来たそうだ。「それでは二問題は終わったところで、あと一つの問題のガーナームイはどうなっているか?」「ガーナームイは根っこから壊して置いてあるが、沖縄は小さい島のためそれを載せる船がありません。薩摩にそのことをお願いしに来たのです。」すると、殿様は「ああそうなのか。」と、モーイにまるめこめられたという話であるが。そこで、王様は「そうなったからには、モーイは、ただならぬ頭脳をもっている男だから、こいつはそのまま帰してはいけない、もうどうにかして処分しなければならない。」と言ったそうだ。そして家来ふたりにモーイを殺す謀いを言いつけた。モーイはまた、ことに音楽が好きであった。琴を弾くのがね。王様は「おまえは音楽もできるか。」と言ったら、「できる。」「琴というのをおまえに弾かせてあげよう。」と言って、琴を弾かせてみた。なるほどそれはとてもすばらしく、みんな聞き惚れて薩摩の大名もおっとりとしていたようだ。その時、琴を弾いている最中に背後から薩摩の家来二人で殺そうとしたがその弾いている琴で受けて、殺されずに済んだという話までは聞いた。
| レコード番号 | 47O370578 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C026 |
| 決定題名 | モーイ親方 難題(方言) |
| 話者がつけた題名 | モーイ親方 |
| 話者名 | 新垣亀次郎 |
| 話者名かな | あらかきかめじろう |
| 生年月日 | 19131122 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村瀬名波 |
| 記録日 | 19461114 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第12班 |
| 元テープ番号 | 読谷村瀬名波T03B10 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 祖父 |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | モーイ親方,馬鹿者,遊んでばかり,床下に隠れて勉強,蛙が持っている玉,呑み込んだ,伊野波殿内の子,親方,小手調べ,油肉,雄鶏を脇にかかえ,薩摩の国,灰縄,雄鶏の卵,ガーナー森,毛泰永,馬鹿のモーイ,父は産気,お産の準備,焼いたまま灰縄,ガーナー森を載せる船,モーイを殺す,音楽好き,琴 |
| 梗概(こうがい) | モーイ親方の由来記を、すこしばかり話でみようと思いますが。モーイ親方という人は、幼少の頃は、すごく馬鹿者じみた人であった。お父さん、お母さんは、いつも学問を勧めていたが、学校へ行かしても、途中で道草を食って遊んでばかりで、学校へも行かなかった。またお母さん、お父さんがいないときは床下に隠れて、床下に入って勉強していたといううわさ話もあったが、これは何が本当か分らない。ある時、学校に行く道中で、蛙が持っている玉をみて、その玉を取って口の中にふくんでいると呑み込んでしまった。それから、だんだんと秀れていったという話も聞こえるが。やはり、モーイは伊野波殿内の子なので、一応親方につくには小手調べをしなければならなかった。その試験の日がやってきて、受験しにと行ったようだね。お父さんお母さんは、モーイにきれいな衣裳を着せて装わせて行かせたのだが、小手調べでは役にも立たなかった。家に帰ると、お父さんお母さんに、すごく叱られ、しつけられたようだ。すると、「あヽこれはお母さんゆえに私はできが悪かった、きょうはできなかった。こんなにたくさんの油のついた肉をあげるから私はダメだったんだ。脳がトロ、トロッとしてね、それで試験も落っこちてしまったわけだ。」と言って、いつもこういうふうにとぼけていて、世間にもそのように見られていた。物心つくようになった頃でも、いつも雄鶏を脇にかかえて、隣の子供達と遊び歩いていた。それで、両親も「おまえに何ができるか、もうこれは何もできない。」と見捨てていたようだ。そうしているうちに、薩摩の国から、灰縄と雄鶏の卵、それからガーナー森を根こそぎ壊して持ってこいとの要請があった。さて、この問題ならば、毛泰永にしかできないということで、毛泰永が内地に行くことになった。毛泰永も、そんな年でもないし、「いいえ、そのような責任のある仕事は私にはできない。」と、一応断ったようだが、「あなた以外にできる人はいないし、またあなたならできる。」ということになった。モーイの父親は)家に帰ってくると、夕飯ものどからおちないくらい心配していたようだ。その長男である馬鹿のモーイが、「どうしてお父さん、そのくらいの問題にこんなに心配するとは、私ができます、貴方の代わりに私を行かせて下さい。」と言った。「何をいうか馬鹿者! おまえは学校にも行かずに今まで人にも見捨てられていて、毎日、雄鶏ばかり抱いて歩いているのに、おまえにそんな問題が解けるか。」「私ができますので行かせて下さい。」「そうならば、もう上様に御願いしてみよう。おまえがそんなに言うのであれば行かせてもいいのでね。」ということになった。いよいよ、この伊野波のモーイが行くことになったようだ。そして薩摩に行ってみると、「おまえは伊野波という者か。」「いいえ、伊野波という者は、私の親でありますが、私が親の代わりに来ました。」「私はお父さんを呼んだはずなのに、どうしておまえが来たのか。」「父は産気づいていて、現在お産の準備で来ることができなくて私が来ました。」と、モーイ親方は言った。そのように言ったので、殿様は「女が子を産むのであって、男にも子が産めるか。」と言うと、「貴方はそうおっしゃいますが、薩摩の命令は雄鶏の卵を持って来いとのことだが、雄鶏にも卵が産めますか。」と言って、このように解決したようだ。「ではそれでよろしい。この問題はおまえに負けたのでもうよい。それから灰縄は持ってきたか。」と聞いた。「はい、灰縄はりっぱに綯って持ってきました。」そして、それを見せると、「あ、なるほど、りっぱな物だ。」と言った。縄を綯って、そのまま焼いて灰縄にして持って来たそうだ。「それでは二問題は終わったところで、あと一つの問題のガーナームイはどうなっているか?」「ガーナームイは根っこから壊して置いてあるが、沖縄は小さい島のためそれを載せる船がありません。薩摩にそのことをお願いしに来たのです。」すると、殿様は「ああそうなのか。」と、モーイにまるめこめられたという話であるが。そこで、王様は「そうなったからには、モーイは、ただならぬ頭脳をもっている男だから、こいつはそのまま帰してはいけない、もうどうにかして処分しなければならない。」と言ったそうだ。そして家来ふたりにモーイを殺す謀いを言いつけた。モーイはまた、ことに音楽が好きであった。琴を弾くのがね。王様は「おまえは音楽もできるか。」と言ったら、「できる。」「琴というのをおまえに弾かせてあげよう。」と言って、琴を弾かせてみた。なるほどそれはとてもすばらしく、みんな聞き惚れて薩摩の大名もおっとりとしていたようだ。その時、琴を弾いている最中に背後から薩摩の家来二人で殺そうとしたがその弾いている琴で受けて、殺されずに済んだという話までは聞いた。 |
| 全体の記録時間数 | 8:40 |
| 物語の時間数 | 8:40 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |