渡嘉敷ペークー、彼は首里の赤田村に生まれた。尚敬王時代(一七一三 一七五一)に、公儀務めをしておられた渡嘉敷ペーチン、兼倫の三男として生まれた。渡嘉敷ペークは、本名を渡嘉敷兼福といわれている。親御様も、御殿務めをなされ、お役人として認められていた。三男として生まれた兼福も成長してから、御城務めをして、親同様に役人として認められた次第だ。ペークーは生まれつき、知恵持ちでその上、無欲な人だったといわれている。無欲なために、どれもこれも貯えができず、日々の暮らしも今日、明日と変わりなく、いたって貧しく暮らしていたようだ。ある日のこと、妻が、「旦那様、米が底をつきました。明日食べる水もなくなってしまいましたが。」と、そう申し上げるとペークーは、「何の心配もせずに、明日は明日の暮らしがあるし、明日はきっと神様から恵みがあるはずだ。」という返事をした。妻はあきれはて、「いつも、そのような御言葉を使われるが、食べるものはありませんよ。」と話した。ペークーはその日を過ごし、翌日はすぐに御殿務めに行った。城の内に入ると同時に、お腹がすいているのでお腹をおさえ腰を曲げて、地面をみて歩いていたようだ。側でこれを御覧)になった琉球王が、「どうしたんだペークー、上を向いて歩くんであって、うつむいて歩いているんだ。また、どうしてお腹をおさえているんだ。」とおっしゃった。ペークーはすぐさま、「実は、私はお腹が痛むんです。」と。「王様、私は食事をとってないので、お腹が痛く、何か食べ物を捜してうつむいて歩いています。」と申し上げた。琉球王も気がつかれ、「お前が捜しているのは、これではないか。」といって、米一俵臣下からわたすことになった。喜んだペークーは、すぐその米を自分の馬に積んだ。その積み方のおもしろいこと、片一方に米を積むと、馬はとっさに倒れた。すると、ペークーは「王様、この馬は一俵積んでは歩けないようです。二俵あれば両方に積んでうまく歩けるようですが。」と申し上げると、「またやられた。」ということになり、琉球王は米を二俵与えられた。何も気にせず平気で「どうもありがとうございます。」とペークーはお礼をいった。そして、ペークーは米を積んで、家に戻ったということだ。
| レコード番号 | 47O370453 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C021 |
| 決定題名 | 渡嘉敷ぺークー 褒美の片荷(方言) |
| 話者がつけた題名 | 渡嘉敷ぺークー |
| 話者名 | 長浜真一 |
| 話者名かな | ながはましんいち |
| 生年月日 | 19101012 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村長浜 |
| 記録日 | 19810219 |
| 記録者の所属組織 | 読谷ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村長浜T12A05 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 笑話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集3長浜の民話 P148 |
| キーワード | 渡嘉敷ペークー,首里赤田村生まれ,尚敬王時代に公儀務め,渡嘉敷ペーチン,兼倫の三男,渡嘉敷兼福,生まれつき知恵持ち無欲,米が底をついた,お腹がすきお腹をおさえ腰を曲げ地面をみて歩いた,琉球王,米一俵,片一方に米を積むと馬は倒れた,馬は一俵では歩けない,二俵あれば両方に積んでうまく歩ける |
| 梗概(こうがい) | 渡嘉敷ペークー、彼は首里の赤田村に生まれた。尚敬王時代(一七一三 一七五一)に、公儀務めをしておられた渡嘉敷ペーチン、兼倫の三男として生まれた。渡嘉敷ペークは、本名を渡嘉敷兼福といわれている。親御様も、御殿務めをなされ、お役人として認められていた。三男として生まれた兼福も成長してから、御城務めをして、親同様に役人として認められた次第だ。ペークーは生まれつき、知恵持ちでその上、無欲な人だったといわれている。無欲なために、どれもこれも貯えができず、日々の暮らしも今日、明日と変わりなく、いたって貧しく暮らしていたようだ。ある日のこと、妻が、「旦那様、米が底をつきました。明日食べる水もなくなってしまいましたが。」と、そう申し上げるとペークーは、「何の心配もせずに、明日は明日の暮らしがあるし、明日はきっと神様から恵みがあるはずだ。」という返事をした。妻はあきれはて、「いつも、そのような御言葉を使われるが、食べるものはありませんよ。」と話した。ペークーはその日を過ごし、翌日はすぐに御殿務めに行った。城の内に入ると同時に、お腹がすいているのでお腹をおさえ腰を曲げて、地面をみて歩いていたようだ。側でこれを御覧)になった琉球王が、「どうしたんだペークー、上を向いて歩くんであって、うつむいて歩いているんだ。また、どうしてお腹をおさえているんだ。」とおっしゃった。ペークーはすぐさま、「実は、私はお腹が痛むんです。」と。「王様、私は食事をとってないので、お腹が痛く、何か食べ物を捜してうつむいて歩いています。」と申し上げた。琉球王も気がつかれ、「お前が捜しているのは、これではないか。」といって、米一俵臣下からわたすことになった。喜んだペークーは、すぐその米を自分の馬に積んだ。その積み方のおもしろいこと、片一方に米を積むと、馬はとっさに倒れた。すると、ペークーは「王様、この馬は一俵積んでは歩けないようです。二俵あれば両方に積んでうまく歩けるようですが。」と申し上げると、「またやられた。」ということになり、琉球王は米を二俵与えられた。何も気にせず平気で「どうもありがとうございます。」とペークーはお礼をいった。そして、ペークーは米を積んで、家に戻ったということだ。 |
| 全体の記録時間数 | 4:17 |
| 物語の時間数 | 4:17 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |