トーカチ由来(方言)

概要

トーカチお祝いのお話をします。昔はトーカチまで……。現在では、医学も進んで長生きなさる方も多くなっておりますね。昔はトーカチまで長生きなさる人は、各間切りにおいても、わずかな人数であった。そして、このトーカチお祝いは、どういう由来から始まったかというお話をお聞かせしましょう。この話を聞かれて若者が高ぶってとおっしゃらないように、そして、お年寄りの方にもお許し下さいますように…。昔、立派な男の子ができ、目に入れても痛くない程の男の子が生まれていた。しかし、この子供を連れて、物知り、いわゆる易者の家へ行くと、「生まれ人徳はあるが、長生きはしないなあ。」と言われたようだね。それを聞いた両親は、大変心配して、「それなら、どのようにするとこの子供は長生きできるでしょうか。」と頭を痛めた。そして、この子供は、まだ八歳で、こんな切ない子供を手から離してしまうことは、とても忍びない。そして、易者にどのようにすると長生きできるかを教えていただき、また易者が言うには、「何月何日、八月八日には、ニーヌファ、ウマヌファの御神加那志のヌフシサマが降りて来られて、碁を打つはずだから、その時に、その二人に教えていただき、お願いすることができれば命も長くなるはず。」との言い分だった。そのことを聞いて喜んで、この日、御神加那志が降りて来る日を、両親は心待ちにしていた。そして、ちょうど八月八日が来たので喜んで、御馳走を作って、碁を打っている所へ行ったようである。二人のお年寄り、白髪のお年寄りが、碁を打っておられる側でながめている時に、ウマヌファの御神加那志が「先から、ここへ座って、二人が碁を打っているのを見ているが、何の理由があるのか。」と尋ねた。そして親は「この子供を連れ、易者の家へ行ったのだが、現在、歳は八つしかならないのに、生まれつき人徳はあるが、長生きする人徳はない。」と易者に言われてしまった。「こんな大事な子供を離してしまうことになるので、両親は四苦八苦考えて心配している次第です。そして、易者のお言葉に「ニヌファ、ウマヌファの御神加那志が天から降りて来られて、碁を打っている時に、長生きできるようにとお願いしてはどうか。」ということです。今日の吉日にお二人にお願いをしますが、この子供の命を延ばしていただきたいとお願いすると、二人のウフシサマの御神加那志は運を延ばして、「それでは、この子供は、現在八歳だから、八の下に十という字を書き入れて、それの下に八という字を書きたせば、八十八、トーカチ(米)の字になる。八月八日にトーカチお祝いをして、長生きできるように…。」と御神加那志が言われた。そして、両親は喜んで帰って来て、いろいろとお願いごとをした後、それから朝夕、神仏に長生きできるようにと熱心に拝み、子供の身を守っていたようだ。それで願いが思い通りかなって、その子供は八十八歳のトーカチまでも生き抜くことができた。現在に至っても、八月八日はトーカチのお祝い、または米お祝いと言われております。それから、「升に米を盛って升を切って 残った米は子孫のもの。」という歌も残っています。この意味は、昔はあまり長生きすると、子孫の食べ物がなくなってしまうと言われていた。六十歳を過ぎると、畦の下へ捨てるようになっていた。現在では考えられないお話ですが、その時代には本当にあったという話です。長生きできない世代に運よく生き延びて、八十八のトーカチ祝いまでした人のお陰で、現在まで残っている次第です。この八十八の字は、八、十を書いて、その下に八を書くと、米という字になることから、米祝いと言われている理由です。若者のくせに、あまりに出しゃばりだと思うでしょうね。お許し下さいますように……。

再生時間:6:57

民話詳細DATA

レコード番号 47O370452
CD番号 47O37C021
決定題名 トーカチ由来(方言)
話者がつけた題名 トーカチ由来
話者名 長浜真一
話者名かな ながはましんいち
生年月日 19101012
性別
出身地 沖縄県読谷村長浜
記録日 19810219
記録者の所属組織 読谷ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村長浜T12A04
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 本格昔話
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集3長浜の民話 P73
キーワード トーカチお祝い,男の子,物知り,易者,生まれ人徳はあるが長生きはしない,両親は大変心配,八月八日にニーヌファ、ウマヌファの御神加那志のヌフシサマが降りて来られて碁を打つ,御馳走を作って碁を打っている所へ行った,白髪のお年寄り,八の下に十という字を書き入れその下に八という字を書きたと八十八,八月八日はトーカチのお祝い,米お祝い,升に米を盛って升を切り残った米は子孫のもの,六十歳を過ぎると畦の下へ捨てる
梗概(こうがい) トーカチお祝いのお話をします。昔はトーカチまで……。現在では、医学も進んで長生きなさる方も多くなっておりますね。昔はトーカチまで長生きなさる人は、各間切りにおいても、わずかな人数であった。そして、このトーカチお祝いは、どういう由来から始まったかというお話をお聞かせしましょう。この話を聞かれて若者が高ぶってとおっしゃらないように、そして、お年寄りの方にもお許し下さいますように…。昔、立派な男の子ができ、目に入れても痛くない程の男の子が生まれていた。しかし、この子供を連れて、物知り、いわゆる易者の家へ行くと、「生まれ人徳はあるが、長生きはしないなあ。」と言われたようだね。それを聞いた両親は、大変心配して、「それなら、どのようにするとこの子供は長生きできるでしょうか。」と頭を痛めた。そして、この子供は、まだ八歳で、こんな切ない子供を手から離してしまうことは、とても忍びない。そして、易者にどのようにすると長生きできるかを教えていただき、また易者が言うには、「何月何日、八月八日には、ニーヌファ、ウマヌファの御神加那志のヌフシサマが降りて来られて、碁を打つはずだから、その時に、その二人に教えていただき、お願いすることができれば命も長くなるはず。」との言い分だった。そのことを聞いて喜んで、この日、御神加那志が降りて来る日を、両親は心待ちにしていた。そして、ちょうど八月八日が来たので喜んで、御馳走を作って、碁を打っている所へ行ったようである。二人のお年寄り、白髪のお年寄りが、碁を打っておられる側でながめている時に、ウマヌファの御神加那志が「先から、ここへ座って、二人が碁を打っているのを見ているが、何の理由があるのか。」と尋ねた。そして親は「この子供を連れ、易者の家へ行ったのだが、現在、歳は八つしかならないのに、生まれつき人徳はあるが、長生きする人徳はない。」と易者に言われてしまった。「こんな大事な子供を離してしまうことになるので、両親は四苦八苦考えて心配している次第です。そして、易者のお言葉に「ニヌファ、ウマヌファの御神加那志が天から降りて来られて、碁を打っている時に、長生きできるようにとお願いしてはどうか。」ということです。今日の吉日にお二人にお願いをしますが、この子供の命を延ばしていただきたいとお願いすると、二人のウフシサマの御神加那志は運を延ばして、「それでは、この子供は、現在八歳だから、八の下に十という字を書き入れて、それの下に八という字を書きたせば、八十八、トーカチ(米)の字になる。八月八日にトーカチお祝いをして、長生きできるように…。」と御神加那志が言われた。そして、両親は喜んで帰って来て、いろいろとお願いごとをした後、それから朝夕、神仏に長生きできるようにと熱心に拝み、子供の身を守っていたようだ。それで願いが思い通りかなって、その子供は八十八歳のトーカチまでも生き抜くことができた。現在に至っても、八月八日はトーカチのお祝い、または米お祝いと言われております。それから、「升に米を盛って升を切って 残った米は子孫のもの。」という歌も残っています。この意味は、昔はあまり長生きすると、子孫の食べ物がなくなってしまうと言われていた。六十歳を過ぎると、畦の下へ捨てるようになっていた。現在では考えられないお話ですが、その時代には本当にあったという話です。長生きできない世代に運よく生き延びて、八十八のトーカチ祝いまでした人のお陰で、現在まで残っている次第です。この八十八の字は、八、十を書いて、その下に八を書くと、米という字になることから、米祝いと言われている理由です。若者のくせに、あまりに出しゃばりだと思うでしょうね。お許し下さいますように……。
全体の記録時間数 6:57
物語の時間数 6:57
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP