綱引き歌(方言)

概要

長浜に綱引きがありましたが、この綱引きはいつ頃から始められたか、あまり詳しいことは知りませんが。また、何のために綱引きが始まったかと言いますと、これは現在もお元気でいらっしゃるお年寄りの方々から、いろいろとお話を伺ってみました。ある年、田畑に作ってある農作物が虫にやられて、不作になりました。「もうこれは、大変なことだ!」と百姓の食べる物がなくなってしまうのではないかと心配して田の畦に捨てられたお年寄りに教えてもらうことになり、「この虫はどのようにして、駆除したら良いでしょうか。」と言って、教えていただいた。田の畦で生活をしていらっしゃるお年寄りのお言葉に、「村中の人達が集まって、鼓や鐘を打ったりボラを吹いて、そして、松明をつけて大火を出すようにすれば、この虫も驚いて逃げてしまうでしょう。」「また、その証拠に多勢の人達が集まって、綱引きをすれば、虫も驚いて逃げるでしょうから、村中の若者達を早く呼び集めて、綱引きの用意をしてくれ。」とおっしゃった。そして若者達は、そのことを聞いて、自分の部落へ帰って来て、綱引きの準備に取りかかりました。たしか長浜においても、西、東に分かれて、綱引きがありましたが、戦争のために、現在ではこの綱引きもなくなった次第でございます。いつの時代か、また綱を元の姿に復元して、綱引きをしようという、お話が持ち上がっている次第でございますが、それも、いつの頃にできるでしょうか。また、長浜には、綱引き歌というのが残っております。その歌をお聞かせいたします。「西 東揃って 綱引きをする夜は エイヤナー 負けてしまった西は 音もなく ハイヤセンスルスルトゥセン 西のアングヮ達は 背は高いが 中身は空っぽ そこに水肥を汲み入れよ 汲み入れよ 東の金のような綱が寄せかけてきたよエイヤナー 西のたるみ綱は まだ来ない ハイヤセンスルスルトゥセン 西のアングヮ達は 踊りも負けて 綱引きも負け 後ずさりして 皮膚病患者のように体中をかきたくっていることよ 東の大きな道に 落とし穴を作って エイヤナー西の青年達を そこへ落とそう ハイヤセンスル スルトゥセン 東のアングヮ達は背は低いが かしこい かしこい 西の大きな道は ヒチタンユーの臭い ユイヤナー 東の大きな道は 花の匂い ハイヤセンスルスルトゥセン 西の方のゆるみ綱を支げよう 持ち上げて 切ってみようか 東の方の金のような綱を 拝んで踊ろう 西のアングヮ達は 人をよくつねる またよく手を出す だからからむのだ からむのだ。」という歌を、昔、綱引きの時に、若い女達が太鼓、鼓を頭にのせて、太鼓半分を太鼓棒で打ち、また相手の頭の上の鼓を半分打っての争いがあった。これも、現在においても、昔の面影だけが残っています。現在では綱引きもなくなって、寂しくなっています。終ります。

再生時間:5:07

民話詳細DATA

レコード番号 47O370451
CD番号 47O37C021
決定題名 綱引き歌(方言)
話者がつけた題名 綱引き歌
話者名 長浜真一
話者名かな ながはましんいち
生年月日 19101012
性別
出身地 沖縄県読谷村長浜
記録日 19810219
記録者の所属組織 読谷ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村長浜T12A03
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集3長浜の民話 P285
キーワード 長浜に綱引き,農作物が虫にやられて不作,食物がなくなると心配,田の畦に捨てられたお年寄りに教えてもらった,害虫駆除,村中で鼓や鐘を打ちボラを吹き松明をつけて大火を出す,虫も驚いて逃げる,多勢集まって綱引きをする,
梗概(こうがい) 長浜に綱引きがありましたが、この綱引きはいつ頃から始められたか、あまり詳しいことは知りませんが。また、何のために綱引きが始まったかと言いますと、これは現在もお元気でいらっしゃるお年寄りの方々から、いろいろとお話を伺ってみました。ある年、田畑に作ってある農作物が虫にやられて、不作になりました。「もうこれは、大変なことだ!」と百姓の食べる物がなくなってしまうのではないかと心配して田の畦に捨てられたお年寄りに教えてもらうことになり、「この虫はどのようにして、駆除したら良いでしょうか。」と言って、教えていただいた。田の畦で生活をしていらっしゃるお年寄りのお言葉に、「村中の人達が集まって、鼓や鐘を打ったりボラを吹いて、そして、松明をつけて大火を出すようにすれば、この虫も驚いて逃げてしまうでしょう。」「また、その証拠に多勢の人達が集まって、綱引きをすれば、虫も驚いて逃げるでしょうから、村中の若者達を早く呼び集めて、綱引きの用意をしてくれ。」とおっしゃった。そして若者達は、そのことを聞いて、自分の部落へ帰って来て、綱引きの準備に取りかかりました。たしか長浜においても、西、東に分かれて、綱引きがありましたが、戦争のために、現在ではこの綱引きもなくなった次第でございます。いつの時代か、また綱を元の姿に復元して、綱引きをしようという、お話が持ち上がっている次第でございますが、それも、いつの頃にできるでしょうか。また、長浜には、綱引き歌というのが残っております。その歌をお聞かせいたします。「西 東揃って 綱引きをする夜は エイヤナー 負けてしまった西は 音もなく ハイヤセンスルスルトゥセン 西のアングヮ達は 背は高いが 中身は空っぽ そこに水肥を汲み入れよ 汲み入れよ 東の金のような綱が寄せかけてきたよエイヤナー 西のたるみ綱は まだ来ない ハイヤセンスルスルトゥセン 西のアングヮ達は 踊りも負けて 綱引きも負け 後ずさりして 皮膚病患者のように体中をかきたくっていることよ 東の大きな道に 落とし穴を作って エイヤナー西の青年達を そこへ落とそう ハイヤセンスル スルトゥセン 東のアングヮ達は背は低いが かしこい かしこい 西の大きな道は ヒチタンユーの臭い ユイヤナー 東の大きな道は 花の匂い ハイヤセンスルスルトゥセン 西の方のゆるみ綱を支げよう 持ち上げて 切ってみようか 東の方の金のような綱を 拝んで踊ろう 西のアングヮ達は 人をよくつねる またよく手を出す だからからむのだ からむのだ。」という歌を、昔、綱引きの時に、若い女達が太鼓、鼓を頭にのせて、太鼓半分を太鼓棒で打ち、また相手の頭の上の鼓を半分打っての争いがあった。これも、現在においても、昔の面影だけが残っています。現在では綱引きもなくなって、寂しくなっています。終ります。
全体の記録時間数 5:07
物語の時間数 5:07
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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