城間仲(共通語)

概要

公儀、公儀ぇ政府には公儀と言っていました。沖縄の琉球王按司時代の時の政府は公儀ですね。公儀のお役人と言ったのはいわゆる今の、まあ監守ですね。あの公儀の方が、公儀畑といって、その人の本当の持ち前の畑を、ここをこの城間仲が、城間の部落の土地内にありましたんでしょうね。それでその方が耕地の一周、畑の農民の一周をされた時にある農家は、「せっかくこれだけの、りっぱな尊いお方であるし、手を洗ってお弁当、お茶をおだししよう。」と言って、この弁当を配布された時にね、公儀のお役人だ、手を洗って、大事と、ここは大事といって作った。農民でありますよ。肥料も使って手は汚れてこぼれたまま、お弁当。これが城間仲の所においでになったら、すぐさま、そのまま手も洗わずに、肥料もそのままで弁当いただいた。この時に一番痛感されたのが「正しい農家というのは、農家があのようにして礼儀を正すとか、或いは、ここにいろいろなことを作るということは不可能。農家は本当は今すぐ出られる、今すぐやると、こういうこの純然たる農家のあなたの現れ。これではあなたにはこれだけの土地を与えても、何の不自由、苦しい心配もせずに耕作できるから、この土地をあなたにやろう。」と言って、これで公儀畑は、城間仲公儀畑という名を受けたのが、この公儀の名から譲られたわけですね。これは政府からの。本当の、むこうは銘銘の口割といってですね、一人に対する何百坪と割当ありましたよ、沖縄もね。廃藩置県後の。しかしあの公儀畑だけはすぐ政府からの、これだけあんたに与えても、何の農業に支障をきたさないから、あなたにあげる、これ。城間仲のあの公儀畑いただいたことはこうであるそうだよ。これが一つの功績、これは事実かわたしは(わかりません)。

再生時間:2:19

民話詳細DATA

レコード番号 47O370351
CD番号 47O37C016
決定題名 城間仲(共通語)
話者がつけた題名 城間仲
話者名 知花平太郎
話者名かな ちばなへいたろう
生年月日 18971206
性別
出身地 沖縄県読谷村長浜
記録日 19770815
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第1班
元テープ番号 読谷村長浜T07A07
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 本格昔話
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集3長浜の民話 P95
キーワード 公儀,琉球王按司時代,監守,公儀畑,城間仲,お弁当,お茶,城間仲公儀畑,廃藩置県後
梗概(こうがい) 公儀、公儀ぇ政府には公儀と言っていました。沖縄の琉球王按司時代の時の政府は公儀ですね。公儀のお役人と言ったのはいわゆる今の、まあ監守ですね。あの公儀の方が、公儀畑といって、その人の本当の持ち前の畑を、ここをこの城間仲が、城間の部落の土地内にありましたんでしょうね。それでその方が耕地の一周、畑の農民の一周をされた時にある農家は、「せっかくこれだけの、りっぱな尊いお方であるし、手を洗ってお弁当、お茶をおだししよう。」と言って、この弁当を配布された時にね、公儀のお役人だ、手を洗って、大事と、ここは大事といって作った。農民でありますよ。肥料も使って手は汚れてこぼれたまま、お弁当。これが城間仲の所においでになったら、すぐさま、そのまま手も洗わずに、肥料もそのままで弁当いただいた。この時に一番痛感されたのが「正しい農家というのは、農家があのようにして礼儀を正すとか、或いは、ここにいろいろなことを作るということは不可能。農家は本当は今すぐ出られる、今すぐやると、こういうこの純然たる農家のあなたの現れ。これではあなたにはこれだけの土地を与えても、何の不自由、苦しい心配もせずに耕作できるから、この土地をあなたにやろう。」と言って、これで公儀畑は、城間仲公儀畑という名を受けたのが、この公儀の名から譲られたわけですね。これは政府からの。本当の、むこうは銘銘の口割といってですね、一人に対する何百坪と割当ありましたよ、沖縄もね。廃藩置県後の。しかしあの公儀畑だけはすぐ政府からの、これだけあんたに与えても、何の農業に支障をきたさないから、あなたにあげる、これ。城間仲のあの公儀畑いただいたことはこうであるそうだよ。これが一つの功績、これは事実かわたしは(わかりません)。
全体の記録時間数 2:19
物語の時間数 2:19
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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