赤犬子の話は聞いたことはあるがね。それは昔のこと、赤犬子という人が宮古から沖縄に渡ってきた。
そのとき、沖縄の国ではおかずを作って食べようと思っても、それを作るナッパや野菜の種類が少なかった。それで赤犬子という人が宮古からメービラの種を持ってきた。メービラというのは、根の方も私達が(食べている)にんにくやラッキョウと同じく球根ができ、花が咲き、それからも生えてくる。種子からも球根からもね。このメービラを持ってきて、おかずにしないといけないということで、メービラを普及させた食糧の親として赤犬子は有名になった。それで、楚辺部落、現在の楚辺の通信隊の上の方にお宮を作って、(赤犬子はそこに)りっぱに祭られている。もう昔は、食べられる野菜といっても多くはなかった。(メービラは)球根で分けつして増え、また種子からも増える。「うーん、私達が作っているニラやネギと同じにおいがして、メービラはおいしい、こんなにいい野菜を持ってきたもんだ。」といって、その赤犬子は最初のうちはたいそうあがめられていたそうだがね。しかし、現在、日本や沖縄の世になると、アメリカ、本土から野菜の種が入ってきて、野菜は幾種類もでまわるようになった。今では赤犬子が持ってきたメービラは畑の害になってしまった。
| レコード番号 | 47O370319 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C014 |
| 決定題名 | 赤犬子とメービラ(方言) |
| 話者がつけた題名 | 赤犬子 |
| 話者名 | 山内清 |
| 話者名かな | やまうちきよし |
| 生年月日 | 19080401 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村長浜 |
| 記録日 | 19761031 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第3班 |
| 元テープ番号 | 読谷村長浜T05B12 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 祖父 |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集3長浜の民話 P224 |
| キーワード | 赤犬子,宮古から沖縄,野菜の種類が少い,宮古からメービラ,球根,メービラを普及させた,楚辺部落 |
| 梗概(こうがい) | 赤犬子の話は聞いたことはあるがね。それは昔のこと、赤犬子という人が宮古から沖縄に渡ってきた。 そのとき、沖縄の国ではおかずを作って食べようと思っても、それを作るナッパや野菜の種類が少なかった。それで赤犬子という人が宮古からメービラの種を持ってきた。メービラというのは、根の方も私達が(食べている)にんにくやラッキョウと同じく球根ができ、花が咲き、それからも生えてくる。種子からも球根からもね。このメービラを持ってきて、おかずにしないといけないということで、メービラを普及させた食糧の親として赤犬子は有名になった。それで、楚辺部落、現在の楚辺の通信隊の上の方にお宮を作って、(赤犬子はそこに)りっぱに祭られている。もう昔は、食べられる野菜といっても多くはなかった。(メービラは)球根で分けつして増え、また種子からも増える。「うーん、私達が作っているニラやネギと同じにおいがして、メービラはおいしい、こんなにいい野菜を持ってきたもんだ。」といって、その赤犬子は最初のうちはたいそうあがめられていたそうだがね。しかし、現在、日本や沖縄の世になると、アメリカ、本土から野菜の種が入ってきて、野菜は幾種類もでまわるようになった。今では赤犬子が持ってきたメービラは畑の害になってしまった。 |
| 全体の記録時間数 | 1:28 |
| 物語の時間数 | 1:28 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |