昔、ソーロー、ソーローというと、仏、仏のことをに言ったのでしょうね。その継子を継親が世話をしていた。そして継子実親を、三つの年に亡くした、亡くなったことを、五つの年になって思い出した。七つの年に感じとって、親を求めて国々をめぐり歩いたが、我親に似てる人は一人もいなかった。仲順大主に出会った。仲順大主に出会ったので、継子が「仲順大主、少し待って下さい。」「どうしてお前は、私を呼ぶか。」「三つの年に私は親を失い、五つの年に思い出した。七つの年に感じ取った。そこで親を捜して国々をめぐり歩いたが、我親に似てる人は一人もいなかった。仲順大主に出会ったので、こうして待って下さいと声をかけたのです。」と言った。「どうしてお前は、私を呼びとめるか。」「私の願い事を聞いて下さい。」「どうしたお前、何の望みがあるか。」と仲順大主が言った。継子は「三つの年に親を失い、五つの年に思い出した。七つになって感じ取り、国々をめぐり歩いて捜したが我親に似てる人は一人もいなかった。」と言った。また、仲順大主が「お前の親はふだんは拝まれない。七月七夕中の十日にクラグシ、〈クラグシといったら、雄馬をくびるもの〉クラグシをたくさん積みあげなさい。マユの真中にそのクラグシを立てて、それを左の袖で隠して、右の袖からひと目押みなさい。」と言われた。そのようにして拝んだので、「どうしてお母さんはここにいるのですか。」「どうしてお前はここに来た。」「私には、継親と生活できません。私もお母さんと一緒に寝かせて下さい。」「お前だけでも、ナカグシを立てておいて、七月正月になったら、茶と水のお初を供えてくれ。アーケージョーになってきたら母と思いなさい。ハーべールーになって来るのは母と思いなさい。冬が来て、夏が来て、雨が降れば、朝夕お母さんが見ていると思いなさい。」南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。それから、親を拝み、拝んだということからして、エイサーは亡くなった親に見せるための踊り。これからエイサーが始まった。仲順流りと言って、その継子が仲順大主に出会ったということで始まった。
| レコード番号 | 47O370221 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C009 |
| 決定題名 | 継親念仏(方言) |
| 話者がつけた題名 | 仲順流り |
| 話者名 | 金城太郎 |
| 話者名かな | きんじょうたろう |
| 生年月日 | 18860920 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村長浜 |
| 記録日 | 19750521 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団 |
| 元テープ番号 | 読谷村長浜T01B08 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 本格昔話、 民俗 |
| 発句(ほっく) | あのうむかし |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集3長浜の民話 P123 |
| キーワード | ソーロー,仏,継子,継親,実親を三つに亡くし,五つに思い出し,七つに感じとり,仲順大主,七月七夕,クラグシ,後生のナナジョー,墓のマユ,左の袖で隠し,右袖からひと目拝む,ハーべールー,エイサー,仲順流りと |
| 梗概(こうがい) | 昔、ソーロー、ソーローというと、仏、仏のことをに言ったのでしょうね。その継子を継親が世話をしていた。そして継子実親を、三つの年に亡くした、亡くなったことを、五つの年になって思い出した。七つの年に感じとって、親を求めて国々をめぐり歩いたが、我親に似てる人は一人もいなかった。仲順大主に出会った。仲順大主に出会ったので、継子が「仲順大主、少し待って下さい。」「どうしてお前は、私を呼ぶか。」「三つの年に私は親を失い、五つの年に思い出した。七つの年に感じ取った。そこで親を捜して国々をめぐり歩いたが、我親に似てる人は一人もいなかった。仲順大主に出会ったので、こうして待って下さいと声をかけたのです。」と言った。「どうしてお前は、私を呼びとめるか。」「私の願い事を聞いて下さい。」「どうしたお前、何の望みがあるか。」と仲順大主が言った。継子は「三つの年に親を失い、五つの年に思い出した。七つになって感じ取り、国々をめぐり歩いて捜したが我親に似てる人は一人もいなかった。」と言った。また、仲順大主が「お前の親はふだんは拝まれない。七月七夕中の十日にクラグシ、〈クラグシといったら、雄馬をくびるもの〉クラグシをたくさん積みあげなさい。マユの真中にそのクラグシを立てて、それを左の袖で隠して、右の袖からひと目押みなさい。」と言われた。そのようにして拝んだので、「どうしてお母さんはここにいるのですか。」「どうしてお前はここに来た。」「私には、継親と生活できません。私もお母さんと一緒に寝かせて下さい。」「お前だけでも、ナカグシを立てておいて、七月正月になったら、茶と水のお初を供えてくれ。アーケージョーになってきたら母と思いなさい。ハーべールーになって来るのは母と思いなさい。冬が来て、夏が来て、雨が降れば、朝夕お母さんが見ていると思いなさい。」南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。それから、親を拝み、拝んだということからして、エイサーは亡くなった親に見せるための踊り。これからエイサーが始まった。仲順流りと言って、その継子が仲順大主に出会ったということで始まった。 |
| 全体の記録時間数 | 4:18 |
| 物語の時間数 | 4:18 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |