渡嘉敷ペークー(方言)

概要

ぺークタンメーの親は、国王の子守役でね、子守役と言うと、国王の幼い頃に、子守りした人のことである。お付け役というのは、今でいう、摂政三司官だね。摂政三司官というと、上位についている方のことで、いわば大将のことです。その人達がしている仕事をペークーの叔父さんはしていたわけさ。摂政三司官なのでその仕事をしていた。また、国王が住む城は、首里の中央にあったが、〈分るでしょうね。あの城があったことを〉ずっと向うから来る所は、あれが本門。那覇から城に入って来る所が本門、又、門に向っている所が赤田御門と言っていた。ペークタンメーの家はどこだったかというと、あの赤田御門から三番目だったそうだ。それは守役だということでね。〈守役というのは分るでしょう〉国王のお守り役をする人だから。国王の家にぺークーは来ていたが、その時ぺークーは何歳だったかというと、八歳くらいだったそうだ。八歳飲酒‥‥ペークーは風変わりな人だった。とてもあっさっりした気質だったので、彼を相手に几談(じょうだん)をしたり、からかったりして喜んでいらしたそうです。お酒を国王に出してあるので、国王は、ペークーが話をすると、彼にもその茶碗に酒を注いでやると、それを飲んでしまったそうだ。何回も飲んでしまったので、親としては、国王の前で、こんな幼い子どもに、酒を飲ませてはいけないと思い、「君々来なさい。」と、他の場所に呼んで、隅の方に。人の見えない所に、縛りつけて、国王の前には行かせなかったそうだ。すると、もう国王は、話しをしたいが(相手がいなくて出来ない)ぺークーを相手にお喋べりして喜んでいたものを¦。彼が居なくて、来なくなったので話しが出来ない。それもそのはず縛られているから。それで、国王は退屈そう)座っていて「いったいあの子はどこへ行ったのか。」と言うと、返答に困って、縛ってあるので、じゃまになるからとの理由で、それはぺークーの八歳のことである。国王の前に行かせないようにはしたが、親はまた心配になって、ああこれは、国王の望みや気持ちに反してはいけないと思い、子どもに言い聞かせて、「それでは、縄を解いてやるから、君はまた向うに行って国王に会いなさい。」というと、「いやいや、もう行かない。」と言った。ぺークーがもう大変だから行かないと言ったので、親の方でうんとなだめて行かせたそうだ。そうだったが、あまりにもわんぱくだったので、しまいには親の方が、この子は首里でこんなふうに育ててはいけないと思い、国頭の伊地という村を貰って住んでいる叔父の所に行かせたそうだ。この子は、叔父の所に行かせて立派な子にさせようと思い、八歳の年に行かせたそうだ。その頃からとても大人びていたんでしょうね。

再生時間:4:25

民話詳細DATA

レコード番号 47O370127
CD番号 47O37C005
決定題名 渡嘉敷ペークー(方言)
話者がつけた題名 渡嘉敷ペークー
話者名 渡嘉敷兼求
話者名かな とかしきけんきゅう
生年月日 18800619
性別
出身地 沖縄県読谷村喜名
記録日 19770619
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第1班
元テープ番号 読谷村喜名T07A03
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 笑話
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集2喜名の民話 P99
キーワード 親はヤカー,摂政三司官,国王,赤田御門,ペークー,国頭伊地,
梗概(こうがい) ぺークタンメーの親は、国王の子守役でね、子守役と言うと、国王の幼い頃に、子守りした人のことである。お付け役というのは、今でいう、摂政三司官だね。摂政三司官というと、上位についている方のことで、いわば大将のことです。その人達がしている仕事をペークーの叔父さんはしていたわけさ。摂政三司官なのでその仕事をしていた。また、国王が住む城は、首里の中央にあったが、〈分るでしょうね。あの城があったことを〉ずっと向うから来る所は、あれが本門。那覇から城に入って来る所が本門、又、門に向っている所が赤田御門と言っていた。ペークタンメーの家はどこだったかというと、あの赤田御門から三番目だったそうだ。それは守役だということでね。〈守役というのは分るでしょう〉国王のお守り役をする人だから。国王の家にぺークーは来ていたが、その時ぺークーは何歳だったかというと、八歳くらいだったそうだ。八歳飲酒‥‥ペークーは風変わりな人だった。とてもあっさっりした気質だったので、彼を相手に几談(じょうだん)をしたり、からかったりして喜んでいらしたそうです。お酒を国王に出してあるので、国王は、ペークーが話をすると、彼にもその茶碗に酒を注いでやると、それを飲んでしまったそうだ。何回も飲んでしまったので、親としては、国王の前で、こんな幼い子どもに、酒を飲ませてはいけないと思い、「君々来なさい。」と、他の場所に呼んで、隅の方に。人の見えない所に、縛りつけて、国王の前には行かせなかったそうだ。すると、もう国王は、話しをしたいが(相手がいなくて出来ない)ぺークーを相手にお喋べりして喜んでいたものを¦。彼が居なくて、来なくなったので話しが出来ない。それもそのはず縛られているから。それで、国王は退屈そう)座っていて「いったいあの子はどこへ行ったのか。」と言うと、返答に困って、縛ってあるので、じゃまになるからとの理由で、それはぺークーの八歳のことである。国王の前に行かせないようにはしたが、親はまた心配になって、ああこれは、国王の望みや気持ちに反してはいけないと思い、子どもに言い聞かせて、「それでは、縄を解いてやるから、君はまた向うに行って国王に会いなさい。」というと、「いやいや、もう行かない。」と言った。ぺークーがもう大変だから行かないと言ったので、親の方でうんとなだめて行かせたそうだ。そうだったが、あまりにもわんぱくだったので、しまいには親の方が、この子は首里でこんなふうに育ててはいけないと思い、国頭の伊地という村を貰って住んでいる叔父の所に行かせたそうだ。この子は、叔父の所に行かせて立派な子にさせようと思い、八歳の年に行かせたそうだ。その頃からとても大人びていたんでしょうね。
全体の記録時間数 4:25
物語の時間数 4:25
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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