もの言う牛(方言)

概要

昔、金持ちに下男になって使われている者が、大勢集まっている時に、そこで大晦日なのだが、大晦日、「今日は大晦日なのでみんな家に帰って家の妻と子供達と一緒に、正月をして、又、新しい年の初めには元気で、笑顔で働らきに来てくれ。」と言った。それから、主人は銭十五貫と肉二斤づつを分けて持たせたそうだ。十五貫と言ったら、今の三十銭です。十五貫づつ分けて持たせたそうだ。しかしまた十五貫よりも話が好きで話をひと言でも聞きたい者は十五貫のかわりに話を持っていってあげなさい、と言った。(ある人は)肉二斤と話とを持って行った。この山原に行く人が、下男が「私には、話を聞かして下さい。十五貫は取らなくてもいいです。」と言い、話を貰ったものの「そうならば、あなたは銭の十五貫よりも話の方が好きなんだね。話というのは、それは、牛巻きカラクイという話のことだ、これだけのことさ。」「牛巻きカラクイ、それだけで十五貫分ですか。」「そうだ、これだけで十五貫に当たる。」と言った。それから、(下男は)泣く泣く、十五貫の方がよかったのになあ。又、牛巻きカラクイの話でよかったのかなあ、と思案して帰る途中、ちょうど山の中にさしかかった。夕暮れの山の中にさしかかった時に、牛がそこで(木に)綱をからませて、まつわっていたそうだ。牛がね。「これは何だか、あの話に、牛巻きカラクイの話に値するではないか。」と思った。そうかなあと、思案して歩いている時に後を振り返らずに、歩いていると、「おい、青年よ!」とその牛がものを言ったそうだ。すると、振り返って見たら、誰もいなくて、牛だけがいたそうだ。「ああ思いすごしだったのだなあ。」と、また歩き出したそうだ。すると、また通ったら、「おい、青年よ!」と声がした。「珍しいことだなあ」と思い、また振り返ったら、やはり、牛がものを言ったそうだ。そして牛が、「おい青年、あなたは、どこへ行こうとも、どんなに急いでいてもいいから、あなたのクバ笠に、水を汲んで、下方の小川から水を汲んで来て、私に飲ませてくれ。」と、牛がものを言ったそうだ。そうして「お前は水が欲しいのか、どうしてお前は牛なのにものを言うのか。」と聞いたら、「あとでわかるので、今は待ってなさい。」と。そして、クバ笠に水を入れて飲ますと、「青年よ、心配しないで、私と話をしてくれ。」と、その牛が言ったそうだ。それから、その牛の言い分では、「私は(牛)元は、山田カンジェークの牛であったが、元気な間、若い間はこき使い、やせ細りぐらぐらして、死にそうになったら、野原に持って来て捨てられてしまった。でも、実は山田カンジェークヘあなたが今日行き、泊まって、そこの主人に、あなた達の牛だったのが、あそこの野原に、あの(物に)巻きついていたが、水をかけて飲ませてくれと言ったので、水をかけて飲ませてあげたよ。飲ませてあげると、そこの家の主人(の所)ヘ行って泊まりなさい。」と、その牛が言っていたので、「もう、あなた達も、狭くはあっても、大晦日であっても泊まらせてくれ。」と言われて、そこの主人は泊めてあげたそうだ。そして、宿泊した夜の話の際に、牛がものを言って話をすると言ったので、もう主人は合点がいがなかった。下男は、「しかし、ものを言うから言うと言っているのであって、言わないものをものを言いますと私は、嘘をどうしてつけるか、そう思いなさるなら賭して下さい。」と言った。二人は賭をしたので、「それでは、あなたは何をくれるか。」と言ったので、「私は人の下男ですので何一つありません。しかし、もし負けるようなことがあれば、もしその牛がものを言わなければ私の一生涯をあなたの所で下男として使ってもかまいません」と。「貴殿の下男になってもいいです。」と言った。すると、「そうか」と主人は言った。「それでは、又、貴殿が負けたらどうするか、貴殿の財産は全部くれるか。」と言ったので、「全部あげていい!」と。言った。そして賭が始まり、牛を引いて来て「それでは、ものを言ってくれ牛。」と言ったので、牛は、プープーして怒って、ものは言わなくなった。そうしたら、「それ見よ、この牛はものを言うか。」と、主人は、威張って、そうこうしているうちに「もう、お前は私をかつごうとしていたんだなあ、毎日、私は一生涯ここの下男になって働かねばならないなあ。」と、牛の首を抱いて泣いたら、「心配するな青年」と、ものを言い始めたそうだ。「心配するな青年よ、元は、ここの財産は、あなた達のものだった。あなた達の親、祖先の儲け分をここは、横取りしているのでね。あなたが取りなさい。賭をして勝ったのだから、ここの財産は全部あなたのものさ。」と牛が言った。(青年は)それでは大晦日ということもあるし、どこにも出て行くことはできないので、今日一日は、あなた達と一緒に、あの共同生活させてくれ。」と、大晦日は、ようやくそこですませたそうだ。そして、(大晦日は)すませたが、又、翌日の話の中で、「今度は、私は真栄田カンジェークの牛は沖縄で一番強い牛だというから、その牛と喧嘩をさせる、賭けをして来いよ」と(牛が言った。)「お前はこのように(足が)ぐらつきやせているのに、喧嘩しようと思うのか牛。」と(青年は)言った。「いや、あなたに財産をとってあげるためだから、喧嘩するつもりはないが、喧嘩をしかけたら、相手は怒るでしょう。(何故ならば)私達の牛は国の番外だし、あなた達のやせ牛、捨てた牛が喧嘩できると思っているのか、と怒るはずだから、その時は、それじゃ負けたら財産を奪い取る、賭をしよう。」と言って、そこでも財産を取る賭をしたそうだ。やっぱり牛の言う通り賭をもくろみ(計画して)行ってみると、もうそこの真栄田カンジェーク主人は怒って、「そうならば賭をしてもいい。」と言って賭をした。その賄の日になったので「お前は(牛)、ぜひ勝たなければ、私は、せっかくとってくれた財産が水の泡になるので必ず勝ってくれよね。」と言った。牛が「それじゃ、喧嘩しなくても勝てる方法がある。片角に秤をくびって吊し、片角は枡の底を抜いて、四角の枠、枠のまま、各々角にはめて、斗牛場に入れてくれ。そうしたら、それを見て向こうの牛は驚き、喧嘩をしなくなるからね。相手があなたは仕掛けをしているから、その牛は喧嘩しないのだと言うはずだから、その時は、また仕掛けを取って、それでは喧嘩させようと言って闘牛場で向かわしてくれ、それでも、もう牛は、おびえているので、喧嘩しないから、あなたは勝つさ。」と言った。そして賭の日には、やっぱり、牛の言う通りに、枡と秤とを牛の角にかけて出したそうだ。そうしたら相手の牛は、やっぱり教えた牛の話の通り向かわなくなって勝ったそうだ。勝ったので、もうこの牛は、「財産も取ってあげたし、私は安心している。山田カンジェークの財産まで、あなたに取ってあげたかった。山田カンジェークの財産も取って、真栄田カンジェークの財産もあなたにあげたので、本当から言えば、私達の子、孫であるが、あんまり誠すぎて、それに馬鹿正直者だったので、貧乏人になってしまったことだから、私も、又、元はあなた達の親、祖先であるが、親、祖先が亡くなって、あの後生、極楽した後、天に昇っての後は、露になって、雨露になって自分の野菜畑に降ちて、その野菜は露の力を借りて、野菜が繁っていって、それから、その雨露の精力によって、子、孫が栄えていくのだよ。そして、貧乏者であった為に私は、小さな畑の片隅に、野菜を作ったのであるが、その野菜に降ちるつもりが、誤って畑の畦の草に降ちたので、刈りて(家畜に)喰わされて、私は、動物になっているんだよ。だから、本当から言えば、私も人間に生まれるべきだが、貧乏者なるが故に野菜畑が小さかった為に、あなた達の親、祖先であるが、動物になっているからね。あのもう、あなたも立身するでしょう。それから、私も何月何日にはちゃんと道の角に出して私を殺して、道を通る人みんなに、お汁と、中身のない汁を、肉を煮た汁、これを一杯づつ飲ませて、又、牛の肉、一片けでも、二片けでも食べさせて『御馳走しました、山田のカンカー』と言わさせてくれ。」と、頼んだ。その時から、「御馳走しました山田のカンカー」というのが始まった。そして今度は、又(青年が)「そんなことを言ったって、どうしてお前を、(こんなに)多くさんの財産をかせいでくれたお前を殺すことができるか、自分の手をかけてお前を殺すことができるか。」と言うと「私のような動物というのは、刃物によって殺されない限り、極楽じゃないので、動物に生まれたからにはやっぱり、十字路に出して殺して食べさせ、『御馳走しました』と多くの人々を喜ばせて欲しい。」と言った。さらに、牛は、「これだけで、厄ははれて、又、あなたの子供になって生まれ変わるよ。生まれ変わる為に私は(牛)、殺してくれと言ってるのだから、あなたは、自分の子供を産むと思って殺してくれ。」と頼んだ。「ねぇ、牛よ、お前は勘違いしている。やっぱり、私はお前の言うとおり殺してもいいが、私には妻もいないのに、どうして子供が産めるか。」「それは、めぐり逢いというのがあるから、親、祖先のめぐり合わせがあるから、いつなん時、ここに女性がやって来て子供をつくるかわからないからね。これは、もし(できたとすれば)あなたの子供であるか、ないかということはね、牛の角の形が、左の肩先に、背の方に見えないように、牛の角の形が入るので、それは(子供)私だと思いなさい。」「それほど言うなら、殺して、みんなに上げて厄払いするから。」と言って(牛の願いどおり牛を)殺して食べさせた。そして、「『御馳走しました山田のカンカー』と言ってくれ。」と言い、通る人みんなに、肉一切れづつあげて、その汁も飲まして行かせた。その後に、「御馳走しました山田のカンカー」が始まった。そして、その後しばらくして山原から、女性がやって来て出会い、「泊めてくれ。」と言ったので、「泊めてあげてもいいが、しかしここは、男主だけなので、女性がいないので、もし間違いが、おこったら大変なことになるので、泊まってはいけない。」と言って断ったが、「あなたが、どんなことをしてもかまいませんから、泊まらせて下さい。」と言った。もう、ここ、道では眠れないので、泊まったそうだ。そういうことで、二人そこで出会ったので、やっぱり子どもができたようだ。赤ちゃんはできているのだが、そうとも知らずに、この女性は自分の家に帰って行った。そして赤ちゃんは生まれて(その子が)もうすぐ誕生日になる頃、(女は)夫を捜してやって来た。ここに、山田カンジェークを捜して、「あなたの子供、あなたの家に泊まった時に、あなたの子供を妊娠して、もう今からは私一人では育てきれないので、(あなたと)二人で育てたいのだが。」と、願いを持って来た。男(の所)ヘ、女がその童をつれて来たので、「まさか、一夜の子供というものあるのかなあ、とても、珍らしくてしょうがないね。」と言った。「だが、私にも心当たりがあり、考えられる所があるので、一応、この童を調べさせてくれ。」と言って調べたら、左の肩先に、牛の角の形がちゃんとはいっていたそうだ。それは証拠というものだ。そして「ああ、これは間違いない、私の子供である、そういうことであればあなたは、ここで(私と)一緒に育ててくれ。」と頼んだ。そして、その証拠ということも牛の角の形に似ているということも、山田カンカーの始まりとして伝えられてきた。それから、「御馳走しました山田のカンカー」というのも、ちょうど、恩納村山田から始まって、それが、各村、今度は又、よい事ということで、部落ごとに習って、シマクサラシが始まったわけだ。豚がフーチにかかった年に、フーチにかからないように、フーチの神様に「牛の厄を南の島へ追い払って下さい。」と、あの左縄、〈あのしめ縄を〉しめ縄をあんで、部落の入口にそれをはって道の上に(はって)そして、鳥の骨でも牛の骨でも、くびってそれにに吊して、「ここの動物は、全部フーチにかかり、このように死んで、不利になっています。」と。そうしたらもう、フーチの神様は、そこには入ってはいけないと言って、フーチをおっ払う為に、シマクサラシが始まった。又、牛の(綱が)もつれて(人の助けを求めた)ということで「牛がらくい」という。これでだいたい終わりです。

再生時間:12:43

民話詳細DATA

レコード番号 47O370116
CD番号 47O37C005
決定題名 もの言う牛(方言)
話者がつけた題名 カンカー由来
話者名 吉田新太郎
話者名かな よしだしんたろう
生年月日 19021110
性別
出身地 沖縄県読谷村喜名
記録日 19761017
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第9班
元テープ番号 読谷村喜名T06B01
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 本格昔話、 民俗
発句(ほっく) んかし
伝承事情 おじいさん
文字化資料 読谷村民話資料集2喜名の民話 P34
キーワード 牛まちがらくい,山田金細工,真栄田金細工,年の夜,正月,銭15貫,肉2斤と話,秤,チョーバン,クバ笠,賭け,牛の肉,シマクサラシ
梗概(こうがい) 昔、金持ちに下男になって使われている者が、大勢集まっている時に、そこで大晦日なのだが、大晦日、「今日は大晦日なのでみんな家に帰って家の妻と子供達と一緒に、正月をして、又、新しい年の初めには元気で、笑顔で働らきに来てくれ。」と言った。それから、主人は銭十五貫と肉二斤づつを分けて持たせたそうだ。十五貫と言ったら、今の三十銭です。十五貫づつ分けて持たせたそうだ。しかしまた十五貫よりも話が好きで話をひと言でも聞きたい者は十五貫のかわりに話を持っていってあげなさい、と言った。(ある人は)肉二斤と話とを持って行った。この山原に行く人が、下男が「私には、話を聞かして下さい。十五貫は取らなくてもいいです。」と言い、話を貰ったものの「そうならば、あなたは銭の十五貫よりも話の方が好きなんだね。話というのは、それは、牛巻きカラクイという話のことだ、これだけのことさ。」「牛巻きカラクイ、それだけで十五貫分ですか。」「そうだ、これだけで十五貫に当たる。」と言った。それから、(下男は)泣く泣く、十五貫の方がよかったのになあ。又、牛巻きカラクイの話でよかったのかなあ、と思案して帰る途中、ちょうど山の中にさしかかった。夕暮れの山の中にさしかかった時に、牛がそこで(木に)綱をからませて、まつわっていたそうだ。牛がね。「これは何だか、あの話に、牛巻きカラクイの話に値するではないか。」と思った。そうかなあと、思案して歩いている時に後を振り返らずに、歩いていると、「おい、青年よ!」とその牛がものを言ったそうだ。すると、振り返って見たら、誰もいなくて、牛だけがいたそうだ。「ああ思いすごしだったのだなあ。」と、また歩き出したそうだ。すると、また通ったら、「おい、青年よ!」と声がした。「珍しいことだなあ」と思い、また振り返ったら、やはり、牛がものを言ったそうだ。そして牛が、「おい青年、あなたは、どこへ行こうとも、どんなに急いでいてもいいから、あなたのクバ笠に、水を汲んで、下方の小川から水を汲んで来て、私に飲ませてくれ。」と、牛がものを言ったそうだ。そうして「お前は水が欲しいのか、どうしてお前は牛なのにものを言うのか。」と聞いたら、「あとでわかるので、今は待ってなさい。」と。そして、クバ笠に水を入れて飲ますと、「青年よ、心配しないで、私と話をしてくれ。」と、その牛が言ったそうだ。それから、その牛の言い分では、「私は(牛)元は、山田カンジェークの牛であったが、元気な間、若い間はこき使い、やせ細りぐらぐらして、死にそうになったら、野原に持って来て捨てられてしまった。でも、実は山田カンジェークヘあなたが今日行き、泊まって、そこの主人に、あなた達の牛だったのが、あそこの野原に、あの(物に)巻きついていたが、水をかけて飲ませてくれと言ったので、水をかけて飲ませてあげたよ。飲ませてあげると、そこの家の主人(の所)ヘ行って泊まりなさい。」と、その牛が言っていたので、「もう、あなた達も、狭くはあっても、大晦日であっても泊まらせてくれ。」と言われて、そこの主人は泊めてあげたそうだ。そして、宿泊した夜の話の際に、牛がものを言って話をすると言ったので、もう主人は合点がいがなかった。下男は、「しかし、ものを言うから言うと言っているのであって、言わないものをものを言いますと私は、嘘をどうしてつけるか、そう思いなさるなら賭して下さい。」と言った。二人は賭をしたので、「それでは、あなたは何をくれるか。」と言ったので、「私は人の下男ですので何一つありません。しかし、もし負けるようなことがあれば、もしその牛がものを言わなければ私の一生涯をあなたの所で下男として使ってもかまいません」と。「貴殿の下男になってもいいです。」と言った。すると、「そうか」と主人は言った。「それでは、又、貴殿が負けたらどうするか、貴殿の財産は全部くれるか。」と言ったので、「全部あげていい!」と。言った。そして賭が始まり、牛を引いて来て「それでは、ものを言ってくれ牛。」と言ったので、牛は、プープーして怒って、ものは言わなくなった。そうしたら、「それ見よ、この牛はものを言うか。」と、主人は、威張って、そうこうしているうちに「もう、お前は私をかつごうとしていたんだなあ、毎日、私は一生涯ここの下男になって働かねばならないなあ。」と、牛の首を抱いて泣いたら、「心配するな青年」と、ものを言い始めたそうだ。「心配するな青年よ、元は、ここの財産は、あなた達のものだった。あなた達の親、祖先の儲け分をここは、横取りしているのでね。あなたが取りなさい。賭をして勝ったのだから、ここの財産は全部あなたのものさ。」と牛が言った。(青年は)それでは大晦日ということもあるし、どこにも出て行くことはできないので、今日一日は、あなた達と一緒に、あの共同生活させてくれ。」と、大晦日は、ようやくそこですませたそうだ。そして、(大晦日は)すませたが、又、翌日の話の中で、「今度は、私は真栄田カンジェークの牛は沖縄で一番強い牛だというから、その牛と喧嘩をさせる、賭けをして来いよ」と(牛が言った。)「お前はこのように(足が)ぐらつきやせているのに、喧嘩しようと思うのか牛。」と(青年は)言った。「いや、あなたに財産をとってあげるためだから、喧嘩するつもりはないが、喧嘩をしかけたら、相手は怒るでしょう。(何故ならば)私達の牛は国の番外だし、あなた達のやせ牛、捨てた牛が喧嘩できると思っているのか、と怒るはずだから、その時は、それじゃ負けたら財産を奪い取る、賭をしよう。」と言って、そこでも財産を取る賭をしたそうだ。やっぱり牛の言う通り賭をもくろみ(計画して)行ってみると、もうそこの真栄田カンジェーク主人は怒って、「そうならば賭をしてもいい。」と言って賭をした。その賄の日になったので「お前は(牛)、ぜひ勝たなければ、私は、せっかくとってくれた財産が水の泡になるので必ず勝ってくれよね。」と言った。牛が「それじゃ、喧嘩しなくても勝てる方法がある。片角に秤をくびって吊し、片角は枡の底を抜いて、四角の枠、枠のまま、各々角にはめて、斗牛場に入れてくれ。そうしたら、それを見て向こうの牛は驚き、喧嘩をしなくなるからね。相手があなたは仕掛けをしているから、その牛は喧嘩しないのだと言うはずだから、その時は、また仕掛けを取って、それでは喧嘩させようと言って闘牛場で向かわしてくれ、それでも、もう牛は、おびえているので、喧嘩しないから、あなたは勝つさ。」と言った。そして賭の日には、やっぱり、牛の言う通りに、枡と秤とを牛の角にかけて出したそうだ。そうしたら相手の牛は、やっぱり教えた牛の話の通り向かわなくなって勝ったそうだ。勝ったので、もうこの牛は、「財産も取ってあげたし、私は安心している。山田カンジェークの財産まで、あなたに取ってあげたかった。山田カンジェークの財産も取って、真栄田カンジェークの財産もあなたにあげたので、本当から言えば、私達の子、孫であるが、あんまり誠すぎて、それに馬鹿正直者だったので、貧乏人になってしまったことだから、私も、又、元はあなた達の親、祖先であるが、親、祖先が亡くなって、あの後生、極楽した後、天に昇っての後は、露になって、雨露になって自分の野菜畑に降ちて、その野菜は露の力を借りて、野菜が繁っていって、それから、その雨露の精力によって、子、孫が栄えていくのだよ。そして、貧乏者であった為に私は、小さな畑の片隅に、野菜を作ったのであるが、その野菜に降ちるつもりが、誤って畑の畦の草に降ちたので、刈りて(家畜に)喰わされて、私は、動物になっているんだよ。だから、本当から言えば、私も人間に生まれるべきだが、貧乏者なるが故に野菜畑が小さかった為に、あなた達の親、祖先であるが、動物になっているからね。あのもう、あなたも立身するでしょう。それから、私も何月何日にはちゃんと道の角に出して私を殺して、道を通る人みんなに、お汁と、中身のない汁を、肉を煮た汁、これを一杯づつ飲ませて、又、牛の肉、一片けでも、二片けでも食べさせて『御馳走しました、山田のカンカー』と言わさせてくれ。」と、頼んだ。その時から、「御馳走しました山田のカンカー」というのが始まった。そして今度は、又(青年が)「そんなことを言ったって、どうしてお前を、(こんなに)多くさんの財産をかせいでくれたお前を殺すことができるか、自分の手をかけてお前を殺すことができるか。」と言うと「私のような動物というのは、刃物によって殺されない限り、極楽じゃないので、動物に生まれたからにはやっぱり、十字路に出して殺して食べさせ、『御馳走しました』と多くの人々を喜ばせて欲しい。」と言った。さらに、牛は、「これだけで、厄ははれて、又、あなたの子供になって生まれ変わるよ。生まれ変わる為に私は(牛)、殺してくれと言ってるのだから、あなたは、自分の子供を産むと思って殺してくれ。」と頼んだ。「ねぇ、牛よ、お前は勘違いしている。やっぱり、私はお前の言うとおり殺してもいいが、私には妻もいないのに、どうして子供が産めるか。」「それは、めぐり逢いというのがあるから、親、祖先のめぐり合わせがあるから、いつなん時、ここに女性がやって来て子供をつくるかわからないからね。これは、もし(できたとすれば)あなたの子供であるか、ないかということはね、牛の角の形が、左の肩先に、背の方に見えないように、牛の角の形が入るので、それは(子供)私だと思いなさい。」「それほど言うなら、殺して、みんなに上げて厄払いするから。」と言って(牛の願いどおり牛を)殺して食べさせた。そして、「『御馳走しました山田のカンカー』と言ってくれ。」と言い、通る人みんなに、肉一切れづつあげて、その汁も飲まして行かせた。その後に、「御馳走しました山田のカンカー」が始まった。そして、その後しばらくして山原から、女性がやって来て出会い、「泊めてくれ。」と言ったので、「泊めてあげてもいいが、しかしここは、男主だけなので、女性がいないので、もし間違いが、おこったら大変なことになるので、泊まってはいけない。」と言って断ったが、「あなたが、どんなことをしてもかまいませんから、泊まらせて下さい。」と言った。もう、ここ、道では眠れないので、泊まったそうだ。そういうことで、二人そこで出会ったので、やっぱり子どもができたようだ。赤ちゃんはできているのだが、そうとも知らずに、この女性は自分の家に帰って行った。そして赤ちゃんは生まれて(その子が)もうすぐ誕生日になる頃、(女は)夫を捜してやって来た。ここに、山田カンジェークを捜して、「あなたの子供、あなたの家に泊まった時に、あなたの子供を妊娠して、もう今からは私一人では育てきれないので、(あなたと)二人で育てたいのだが。」と、願いを持って来た。男(の所)ヘ、女がその童をつれて来たので、「まさか、一夜の子供というものあるのかなあ、とても、珍らしくてしょうがないね。」と言った。「だが、私にも心当たりがあり、考えられる所があるので、一応、この童を調べさせてくれ。」と言って調べたら、左の肩先に、牛の角の形がちゃんとはいっていたそうだ。それは証拠というものだ。そして「ああ、これは間違いない、私の子供である、そういうことであればあなたは、ここで(私と)一緒に育ててくれ。」と頼んだ。そして、その証拠ということも牛の角の形に似ているということも、山田カンカーの始まりとして伝えられてきた。それから、「御馳走しました山田のカンカー」というのも、ちょうど、恩納村山田から始まって、それが、各村、今度は又、よい事ということで、部落ごとに習って、シマクサラシが始まったわけだ。豚がフーチにかかった年に、フーチにかからないように、フーチの神様に「牛の厄を南の島へ追い払って下さい。」と、あの左縄、〈あのしめ縄を〉しめ縄をあんで、部落の入口にそれをはって道の上に(はって)そして、鳥の骨でも牛の骨でも、くびってそれにに吊して、「ここの動物は、全部フーチにかかり、このように死んで、不利になっています。」と。そうしたらもう、フーチの神様は、そこには入ってはいけないと言って、フーチをおっ払う為に、シマクサラシが始まった。又、牛の(綱が)もつれて(人の助けを求めた)ということで「牛がらくい」という。これでだいたい終わりです。
全体の記録時間数 12:43
物語の時間数 12:43
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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