今帰仁城は、首里より分家した所である。今帰仁城に首里から分れて行った時に、この首里の娘も行ってしまうと、この家は、その人がいた城は焼けてしまった。首里の人の娘に、玉鏡をもたせて行かしたそうである。火事が出たので、この玉鏡を取ることが出来ず、戻って行って黄金は取ることが出来たが、その人は、焼死してしまったようである。焼死したので、今度は、私達喜名一門というのも、中城と血筋を引いているのだよ。そのため、この人が、火事を出すためにどこかにいらしてしまった。私達は、今は、比嘉ウシというが、その方がいくつの年だったか、山原に、牛を買いに行って、牛を買って来る途中で、アヤーグヮーメー(おばさん)に出会った。霊なんだが、出会った時のこの人の話によると「私達の叔母さんだけど、どちらへ行かれますか、叔母さんは。」と聞くと、「私も喜名に行くんだけど」とおっしゃったようである。「それでは、お供いたしますので、一緒に、道づれ致しましょう。」といらしたそうだ。つれだって行くと、山田に着いた時のこと、「お腹が空いた、どう?おばさん、この辺で、芋と湯豆腐を食べてから行きましょうか。」と言うと「では、そうしよう。」と言って、そこら辺で休み、塩、湯豆腐を召し上がると、後をふり返って見ると、食べてなくそのままあったそうだ。そう言えば霊だから食べるはずがない。ふり返って見るとあるので、この人は、昔通の人ではないなあと思っていたそうである。それで、「おばさん、よかったですね。道の途中で一緒になれまして。」と言った。それから、〈ここは何という所だったかね。久良波蜜柑の木のある所は、何といっているかなー〉多幸山へ行く手前に、水たまりがあったそうだ。そこで、「ほら、そこの女の子よ、あなたの牛の綱を貸してくれないか。」といわれたそうだ。「お借り下さい。」と差し上げると、その綱を飛び越えていらした。それは火なので、水にひたると消えてしまうので、火魂だから……。そして、この女の子の綱を渡っていらした。それが「時間が遅いので、私達の所で、お休みになりませんか。」と言ったそうだ。「それではそうしよう。」と言った。私達は松田なんだが、ここに泊ったのだが、夜中に起きて見ると、その人は、何か身支度をしている様子だったそうだ。「どうして、あなたは、こんな夜中にどこへ行かれるのですか。」と言うと、「私は、喜名のね前喜名の家を焼きに。」とおっしゃったそうだ。すると「どうか、その家は、私達の親元だからどうか焼かないようにして、別のところにすることは出来ないでしょうか。」と言うとね、「それでは、あなたの御恩もあることだし、親元だったら、私は、楚辺に行って家を焼くことにする。」と言った。楚辺に行く時からは、尾を引いて通り過ぎて行ったそうだ。そして、その人が、「ああ、よかった。自分の親元が火事にならずにすんだ。」と、手を合わせて、拝みに行った時には、向うは、すでに「火事だ!」と騒いでいた。楚辺で火事を出して下さったそうだ。それで、女が、「ホーハイ」を人先に呼んではいけないとか、火魂は、女なので、「ホーハイ」とはいってはいけないとのことである。それだけしか聞かなかった。
| レコード番号 | 47O370104 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C005 |
| 決定題名 | 火の神報恩(方言) |
| 話者がつけた題名 | 火の神は女 |
| 話者名 | 松田ミヨ |
| 話者名かな | まつだみよ |
| 生年月日 | 19080202 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村喜名 |
| 記録日 | 19761017 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第8班 |
| 元テープ番号 | 読谷村喜名T06A02 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 本格昔話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 叔母(比嘉ウシ)家で57,8歳の頃 |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集2喜名の民話 P68 |
| キーワード | 今帰仁城,玉鏡,マブイ,牛,火玉,喜名,楚辺 |
| 梗概(こうがい) | 今帰仁城は、首里より分家した所である。今帰仁城に首里から分れて行った時に、この首里の娘も行ってしまうと、この家は、その人がいた城は焼けてしまった。首里の人の娘に、玉鏡をもたせて行かしたそうである。火事が出たので、この玉鏡を取ることが出来ず、戻って行って黄金は取ることが出来たが、その人は、焼死してしまったようである。焼死したので、今度は、私達喜名一門というのも、中城と血筋を引いているのだよ。そのため、この人が、火事を出すためにどこかにいらしてしまった。私達は、今は、比嘉ウシというが、その方がいくつの年だったか、山原に、牛を買いに行って、牛を買って来る途中で、アヤーグヮーメー(おばさん)に出会った。霊なんだが、出会った時のこの人の話によると「私達の叔母さんだけど、どちらへ行かれますか、叔母さんは。」と聞くと、「私も喜名に行くんだけど」とおっしゃったようである。「それでは、お供いたしますので、一緒に、道づれ致しましょう。」といらしたそうだ。つれだって行くと、山田に着いた時のこと、「お腹が空いた、どう?おばさん、この辺で、芋と湯豆腐を食べてから行きましょうか。」と言うと「では、そうしよう。」と言って、そこら辺で休み、塩、湯豆腐を召し上がると、後をふり返って見ると、食べてなくそのままあったそうだ。そう言えば霊だから食べるはずがない。ふり返って見るとあるので、この人は、昔通の人ではないなあと思っていたそうである。それで、「おばさん、よかったですね。道の途中で一緒になれまして。」と言った。それから、〈ここは何という所だったかね。久良波蜜柑の木のある所は、何といっているかなー〉多幸山へ行く手前に、水たまりがあったそうだ。そこで、「ほら、そこの女の子よ、あなたの牛の綱を貸してくれないか。」といわれたそうだ。「お借り下さい。」と差し上げると、その綱を飛び越えていらした。それは火なので、水にひたると消えてしまうので、火魂だから……。そして、この女の子の綱を渡っていらした。それが「時間が遅いので、私達の所で、お休みになりませんか。」と言ったそうだ。「それではそうしよう。」と言った。私達は松田なんだが、ここに泊ったのだが、夜中に起きて見ると、その人は、何か身支度をしている様子だったそうだ。「どうして、あなたは、こんな夜中にどこへ行かれるのですか。」と言うと、「私は、喜名のね前喜名の家を焼きに。」とおっしゃったそうだ。すると「どうか、その家は、私達の親元だからどうか焼かないようにして、別のところにすることは出来ないでしょうか。」と言うとね、「それでは、あなたの御恩もあることだし、親元だったら、私は、楚辺に行って家を焼くことにする。」と言った。楚辺に行く時からは、尾を引いて通り過ぎて行ったそうだ。そして、その人が、「ああ、よかった。自分の親元が火事にならずにすんだ。」と、手を合わせて、拝みに行った時には、向うは、すでに「火事だ!」と騒いでいた。楚辺で火事を出して下さったそうだ。それで、女が、「ホーハイ」を人先に呼んではいけないとか、火魂は、女なので、「ホーハイ」とはいってはいけないとのことである。それだけしか聞かなかった。 |
| 全体の記録時間数 | 3:48 |
| 物語の時間数 | 3:48 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |