僕なんかが六つ七つの頃でしたがね。首里の人で名前は忘れたけれども、鍛冶屋がおったんですがね、昔はね。兄は奥さん子供もとめて、弟は奥さん子供いないで。それで一生懸命やって。弟はまた海に行きよったそうです。親父の側に坐ってよく聞きよったけどね。これ(弟)がもう時々夜明けになっても帰って来ないといって(心配して)僕等の隣りだったんで起こされてね。兄さんによ。一緒に探しに行ってくれんかと言われたりしたことが一、二回あるんだよ。勿論僕は行かんけれども、うちの親父さんが行って、多幸山にこの子の前に。しかし探しに行った全員にその弟はつかまらなかった。あの頃からはフェーレーはいないですよね。どうしたんかなぁと言っておるとね、夜明け頃に帰って着物も破れて来ているんだよなぁ。二回ほどあるんだよ。どうしたのかというと、比屋根岬といってアダン葉が生えてそこにマジムンがおるというてね、喧嘩してどうしても帰られん。その翌日の朝、家に戻って行くんですよ。どんなマジムンかというと、「チラーマジムン、ウシーマジムン」が。またいつの間にか牛みたいに大きくなって、道をさえぎって歩けなかった。男は棒もっているからね。(商人は)売れ残りもあるでしょう。そこを通る商人は、ヒーラとかイラナとか持っていて、それで(相手を)叩いてどうのこうのと喧嘩して、しまいには着物など破いてきたりした。僕等の親父なんかもそんなマジムン見たことないと、最初は怖がったけれども、続けてマジムンを打ったら二重にも三重にもなって前に進めなかった。そしていつの間にか石になったりしてね。またえらい大きな壁になったりしてね。そのために道が見えなくなって通れなかったですね。こんなことが二回ぐらいあったですな。比屋根岬のマジムンといってね。
| レコード番号 | 47O370096 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C004 |
| 決定題名 | 比屋根岬のマジムン(共通語) |
| 話者がつけた題名 | 幽霊マジムン |
| 話者名 | 花城景孝 |
| 話者名かな | はなしろけいこう |
| 生年月日 | 19130914 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村喜名 |
| 記録日 | 19761017 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第七班 |
| 元テープ番号 | 読谷村喜名T05B05 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集2喜名の民話 P258 |
| キーワード | 牛マジムン,アヒルマジムン,比屋根岬 |
| 梗概(こうがい) | 僕なんかが六つ七つの頃でしたがね。首里の人で名前は忘れたけれども、鍛冶屋がおったんですがね、昔はね。兄は奥さん子供もとめて、弟は奥さん子供いないで。それで一生懸命やって。弟はまた海に行きよったそうです。親父の側に坐ってよく聞きよったけどね。これ(弟)がもう時々夜明けになっても帰って来ないといって(心配して)僕等の隣りだったんで起こされてね。兄さんによ。一緒に探しに行ってくれんかと言われたりしたことが一、二回あるんだよ。勿論僕は行かんけれども、うちの親父さんが行って、多幸山にこの子の前に。しかし探しに行った全員にその弟はつかまらなかった。あの頃からはフェーレーはいないですよね。どうしたんかなぁと言っておるとね、夜明け頃に帰って着物も破れて来ているんだよなぁ。二回ほどあるんだよ。どうしたのかというと、比屋根岬といってアダン葉が生えてそこにマジムンがおるというてね、喧嘩してどうしても帰られん。その翌日の朝、家に戻って行くんですよ。どんなマジムンかというと、「チラーマジムン、ウシーマジムン」が。またいつの間にか牛みたいに大きくなって、道をさえぎって歩けなかった。男は棒もっているからね。(商人は)売れ残りもあるでしょう。そこを通る商人は、ヒーラとかイラナとか持っていて、それで(相手を)叩いてどうのこうのと喧嘩して、しまいには着物など破いてきたりした。僕等の親父なんかもそんなマジムン見たことないと、最初は怖がったけれども、続けてマジムンを打ったら二重にも三重にもなって前に進めなかった。そしていつの間にか石になったりしてね。またえらい大きな壁になったりしてね。そのために道が見えなくなって通れなかったですね。こんなことが二回ぐらいあったですな。比屋根岬のマジムンといってね。 |
| 全体の記録時間数 | 3:06 |
| 物語の時間数 | 3:06 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |